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41話 イオ

 その後。

 この会の主役として、僕は様々な種類の声を掛けられた。


 純粋な賞賛。

 今度を期待してのコネクション作り。

 あとは……好意?


 まぁ、色々な人に話しかけられたわけだけど……


「何してるの、こんなとこで?」


 バルコニーの欄干に両肘を置き、帝都の夜景を眺めるベガ。

 彼女とはまだ、一言も口を聞いていない。


 僕の声を耳にし、ベガは振り返りもせずに、


「おや、妙に聞き覚えのある声だね……。はてさて、念のために名前を伺ってもよろしいかな? もちろん、姓もつけて」


 と、どこか嬉しそう。


 僕は冗談半分で、堅苦しい挨拶を一つ。


「イオ・フィン・ドラコーン。今日から男爵でございます、ギースリンゲン公爵令嬢様」

「んん? まさか、サブクランリーダーが伝説的な強さを誇り、そのうえ帝都一の美女だと世評に高い、あの《彗星と極光》の龍殺しかい?」

「自画自賛の極みだね……」

「はたして本当に、自画自賛の範疇に収まるかな?」


 彼女は欄干から肘を離すと、くるりとこちらを向いた。


 細身のすっきりとしたドレスは、彼女のスタイルの良さが際立ち。

 生地の色が黒いためか、スリットから覗く白い足が艶めく。


 顔立ちが良いことも相まって、ある種の芸術品のようだ。


「……帝都一の美女ってところは、あながち間違っていないかも……」

「もっとはっきり言ってくれると良かったんだけどなぁ」


 そう言いつつ彼女は脇にずれ、バルコニーにスペースを作る。

 隣に来てくれ、という意思表示か。

 断る理由は無い。


 僕は彼女の隣に並び、二人きりで帝都の夜景を眺めた。

 街の灯りと空の星々とが、幻想的な美しさを醸し出している。


「もう散々言われ尽くしただろうけど……おめでとう、イオ」

「ありがとう。ベガに言われるのと、他の人に言われるのだと、嬉しさが倍くらい違うね」

「ふふっ、そう言われると気分が良いね。ま、これで、目標の一つは足がかりが出来たわけだ」


 前よりも格の高い家の者となる──

 ってやつだ。


 序列が最も低い男爵と、王・公爵のすぐ下である侯爵。

 この差は大きいし、まだまだ始めの一歩を踏み出したにすぎない。

 だけど、この一歩は大きな一歩だ。


「うん。あとは、貴族として功績を積み上げ続けるだけだね」

「あぁ。それに、もう一つの目標は完遂したとして……」


 前よりも強いパーティーを作る──

 という目標だ。


 これは、成し遂げたと言っても過言ではないだろう。

 このままいけば、帝国一のパーティーになることも夢じゃない。


 そして、


「……最後に、大事な目標を忘れていないかい?」

「前よりも良い婚約者を貰う……っていうのだよね」


 要は、テレーズよりもいい婚約者を得る、という事。

 まぁ他二つに比べれば、実現は簡単な方だと思うけど……


「それに、エントリーしてもいいかな?」

「え? 誰が?」

「私が」


 ん?

 つまり、ベガが僕の婚約者候補に名乗りを上げた、って事でいいんだよね?

 ……え?


「えええぇぇぇっ!?」

「そんなに驚くことないじゃないか。今までだって、何度も好意は伝えてきたはずだよ」

「で、でも! ベガは三大公爵家で、僕は平民……いや、男爵でっ! 身分が違うし! それに、ベガなら婚約者なんて引く手数多だろうし……」

「はぁ……」


 ベガは溜め息をつくと、一歩、こちらに歩み寄る。

 既に、身体と身体が触れ合いそうな距離。


 彼女は、僕の前髪を掻き上げた。


「べ、ベガ……っ?」


 ヒールを履いた彼女は、僕よりも背が高い。

 その状態でさらに一歩、歩み寄ってくると──


 ──ちゅ


 僕の額に、ベガの唇が触れる。


「……これで信じてもらえた?」

「あ、え、えっと……」


 突然の出来事に、上手く言葉が出てこない。

 まるで、音が喉の奥につっかえたみたいだ。


 だけど、額にキスされたのは事実で。

 そのことを考えると、顔が熱くなってくる……っ!


「そ、その……、きゅ、急にっ……」

「ふふっ、赤くなっちゃって。やっぱり、カッコいいって言葉より、可愛いって言葉のほうが似合ってるよ、イオ」


 僕の髪をいじりながら、いたずらっぽく笑うベガ。

 ふと、思い出したかのように、


「あぁ、そうだ。この間のドラゴンのせいで、まだ少し腰が痛くてね。……このまま私を抱くなら、優しくお願いするよ」

「だ、抱くって……っ!」


 と、僕の脳がキャパオーバーしたところで。


 ガチャンッ!


 バルコニーの大窓が、勢いよく開かれた。

 そこには──笑顔の姉上と、困った様子のレオン。


「あら、こんなところで何をしているのかしら?」

「よ、よぉ……イオ、ベガ……」


 あ、姉上……。

 笑顔なのに、ものすごく怖いんですが……。


「帝国貴族にあるまじき、場を弁えない行動だとすれば、少々、お仕置きが必要になりそうね……《ウォーター》」


 どこからともなく杖を取り出し、大きな水の球を発生せる。

 ──僕らの頭上へと。


「ま、待ってください、姉上! こ、これには、重大な理由が……」

「愛し合おうとしていたところだよ」

「べ、べ、ベガっ!? 違うからね!?」


 なんで、姉上を刺激するの!?

 しかも、愛し"合う"ではないよね!?

 さらっと嘘をつくのはやめてもらえる!?


「……反応からして、イオは悪くなさそうね。やはり、諸悪の根源はそこの泥棒猫のようね」


 姉上は、つかつかとこちらへ歩み寄ってくると、

 ──はぐっ。

 僕の腕へ抱き着いた。


「さぁ、行きましょう、イオ。この宴席を、"二人で"楽しみましょう」

「あ、姉上!? ちょっ、当たってますから……!」


 姉上は強引に、僕をバルコニーから引っ張り出そうとする。

 しかし、


 ──はぐっ!


 と、反対側の腕が抱き着かれる。

 バルコニーに止めようとする、ベガによって。


「これじゃあ、どっちが泥棒猫か分からないよ、"お義姉さん"」


 相反する力に引かれる僕の身体だが。

 結局は、バルコニーに止まった。


 身体をまだ痛めているとはいえドラゴンと一分も格闘したベガと、非力な姉上じゃ、始めから結果は見えていた。


 両腕に感じる感触も、ささやかに抵抗してくる弾力感と、どこまでも沈み込むような柔らかさで、両者は明らかに違う。


 姉上は力で勝てないと悟り、僕の腕に抱き着いたまま、ベガのほうを振り向いた。


「分かりきった話よ。私がイオの"正妻"。これは揺るぎない事実よ」

「姉との恋って、倫理的にどうかと思うけどなぁ~」

「今日限りで姉ではないわ。侯爵家の娘が、男爵様に恋をした。ただそれだけだもの」

「でもそれは、あくまでも"今日からの"話だろう? 私、騎士学校の頃からイオの事、好きだったんだけど?」

「それを言うなら、私はイオが生まれた瞬間からよ。幼いイオが花の冠をくれたことや、夜道で手を繋いでくれたこと、あなたは知らないでしょう?」


 二人の口論は白熱するばかり。

 物理的には間にいるんだけど、会話的には間に割り込めない僕は、


「助けて、レオン……」


 傍観する友達に、救いを求めた。

 だけど。


「すまない……。俺には、止められねぇよ……」


 レオンはかぶりを振る。


「生死と苦楽を、より長く共にいたのは私のほうで──」

「幼少期や人生のほとんどを、一緒にいる──」


 と、口論し続ける二人だったが。


 ──ぽよんっ。


 頭上の水の球が、揺れた。


 おそらく、姉上がベガとの論争に白熱しすぎて、魔術の維持を忘れてきているのだろう。

 このままだと──


「二人とも、濡れちゃうよっ!」

「お前ら、濡れるぞ!」


 レオンが急ぎ、バルコニーへと飛び込んでくる。


 対し僕は、姉上とベガの腕を振りほどき……二人を抱き寄せる!

 そして、バルコニーから会場のほうへ飛ぶッ!


 ──ばちゃぁぁんッ!


 耳に響く、水が落下した音。


 眼を開いてみると……天井。

 どうやら僕は仰向けになっているようで。


「だ、大丈夫? 濡れたり、怪我したりしてない?」


 両隣を確認してみると、


「意外と強引で、大胆なんだね」

「ふぇっ!? い、イオの顔が近い……っ!」


 二人とも無事そうだった。

 良かった……。

 だけど。


「美女二人を抱き寄せて寝そべるなんて……。うぅぅ……イオぉ……」


 ずぶ濡れのレオンが、バルコニーで立ち尽くしていた。


「あはは……」


 もはやマイナスからスタートした僕だったけど、つい最近、プラスに転じた気がする。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に読んだなかなかよかった! 他作品も読んでみますね!
[一言] あれ?完結だ。 俺の成り上がりはこれからだ!エンド?
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