38話 決戦2
"生きたドラゴン"が、山の中から飛び上がる!
《咆哮》しながら翼をはばたかせ、勢いよく飛翔。
翼の風圧と、飛び散る岩の欠片が、僕らに襲い掛かる。
「ぐっ……ッ! 最上級魔術でさえ倒せないなんて……ッ!」
咄嗟に僕は、両手で顔をガードした。
石のつぶてが服を裂き、風が髪をばさばさと靡かせてくる。
だけど、僕は目を閉じなかった。
だからこそ、腕と腕の隙間からよく見えた。
空中で停滞するドラゴンの口元から、"火"が漏れているのを。
……も、もしかしてっ!
このままだと、マズい!
「ベガっ!」
彼女の腕を強引に引いて抱き寄せ、杖を前方へ突き出す。
「《ウォーターウォール》!」
水の壁を、僕らの周囲に展開。
それとまったく同時。
「《UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA──ッ!!》」
ドラゴンが口を開き、炎を吐き出した。
それは、俗に《ブレス》と呼ばれる攻撃。
ドラゴン系の生物にのみ使える、奥義のようなものだ。
千度以上の炎を顔の方向に噴射し、すべてを焼き尽くす──
古い文献にそう書かれていた攻撃が今まさに、
『《エレメンタルシールド》ッ!』
横一列に並ぶタンク達の元へ、広がりながら襲い掛かる!
「耐えろ! ここが正念場だッ!」
まるで堤防のように、猛烈な炎を防ぐ盾たち。
阻まれた炎は、濁流のように左右に広がり──
壁を這うようにして、サポーターやファイターの元にまでやってくる。
「うわああああぁぁぁぁぁぁ! 助けてくれええぇぇ!」
「熱っづ! ふざけんじゃねぇ!」
その炎の流れは、僕らのところへも来るが、
じゅわああぁぁ──ッ!
僕が張った水の壁に阻まれ、蒸気を発して霧消した。
だけど、炎は絶え間なく流れてくる!
そのたびに、水の壁を削ったり、僕らを通り過ぎたりしている。
予断は許されない!
「ベガ! 離れないでよ! 一歩でも壁から出れば、丸焼きにされちゃうからね!」
「あぁ……離れないさ。それに、離れたくても離してくれないんだろう?」
周囲に張るという判断をしたため、壁の中は狭い。
唯一の安全領域は、たった一メートルほどしかない。
強引に抱き寄せたベガを少しでも離せば、たちまち壁の外に出てしまうわけで。
「うん、離すつもりは毛頭ないよ。炎が止むまで、悪いけどこのままだから」
水の壁と炎の濁流の外から聞こえてくるような、悲鳴を上げて欲しくない。
もし彼女が嫌がったとしても、僕は絶対に離さない。
「ふっ。このまえ再会した時より、随分と男らしくなったじゃないか、イオ」
なぜかベガは抱き寄せられたまま、僕の背に手を回してくる……って!
こ、これじゃ抱き寄せたんじゃなくて、"抱き合っている"んだけど!?
「ちょ、ちょっと、ベガ! こんな状況下で急に抱き着かないでよ!」
「いいや。"こんな状況下だからこそ"、だよ」
落ち着いた優しめの声音ではあるが、真剣さが感じ取られる。
それはまるで、逃れられない死を覚悟しているかのようで。
「……やっぱり抱き着かないでよ、ベガ」
「嫌だなぁー……」
「帰ったらいくらでも好きにしていいから。だから……死なないで。姉上とレオンと、四人で帰ろう」
「そんな条件を提示されたら、死にたくても死ねないな」
するする……。
と、名残惜しそうに、彼女のしなやかな腕が離れた。
それと、ちょうど時を同じくして。
──炎が止んだ。
「UGURUUUU……」
ドラゴンは口を閉じ、地面に降り立った。
僕は水越しにそれを確認し、魔術を解除。
崩れた水の壁が、足元でびちゃんっと跳ねる。
離れた僕とベガが、その冷たさを感じながら、周囲を見ると……
状況は、絶望的だった。
「サンド、起きて! あぁ……どうしてこんな……」
「だ、誰かァ……ひ、《ヒール》を……。腕が黒焦げなんだよぉ……」
炎に巻き込まれ、沢山のファイターやサポーターが火傷を負っている。
中には、《ヒール》の施しようもない人もいる。
まだ戦える者は、半数にも満たない。
「もう、もう無理です! こ、これ以上は……っ!」
「狼狽えるな! お前の盾に、背後の連中の命がかかっているんだぞ!」
タンクも耐えきったとはいえ、大盾がボロボロになっている。
これでは、あと何度攻撃を凌げるだろうか……。
「ごくっ、ごくっ……ぷはぁー。魔力ポーション、もう一本頂戴な!」
「おいレオン! 矢ぁ、少し貸してくれ! 撃ちすぎて足んねぇんだよ!」
タンクの壁の背後にいた、ウィザードやアーチャー、その他の顔ぶれは無事。
だけど、先程の総攻撃で、かなりの魔力と矢を消費しているはずだ。
それに対しドラゴンは、まだ元気そう。
鱗には傷が入っているし、毒のおかげか動きも緩慢としている。
が、《ブレス》を長時間吐く力と、飛び続ける力はあった。
このまま消耗戦になれば……負けるのは僕らだ。
認めたくないけど、間違いない……!
「タンクは戦列を整えろ! ヒーラーは回復に向かうのだ! ウィザード、次の《ブレス》に備えよ! 一度目は許したが、二度目は魔術で防ぐ!」
そんな中、兄上は冷静に指示を飛ばす。
流石はランベルクの次男。
と言いたいところだけど……《ブレス》による混乱と、その混乱による喧騒で、指示はなかなか通らない。
勇敢なタンク達や、聡明なウィザード達はともかく。
《ブレス》を食らったファイター・サポーターに、指示を聞くような余裕は無い。
自分と隣の仲間を手当てすることに精一杯だ。
ヒーラー達は次の《ブレス》を恐れて、タンクの後ろから出られないでいる。
そのせいで、僕らの元へ十分な回復が来ない。
「どうにかしないと……」
でないと全滅だ。
尾で殴られ、炎で焼かれ、ドラゴンの餌となる。
僕ら全員、生きて帝都の地を踏めない……。
どうにかしないと……っ!
本当に、どうにかしないと……ッ!
「イオ」
ぽんっ。
ベガが、手を僕の肩に置いた。
「焦らなくていい。イオなら出来るよ、あのドランゴンを討伐する策を考えだすことが」
「ベガ……」
……そうだ。
僕なら出来るはずだ。
僕には、圧倒的な知識量と優れた判断力がある。
そう言ってくれたのは、他ならぬベガだ。
全てを失った僕を拾ってくれて。
一緒に死線を潜り抜けてくれて。
そうして今、僕はここにいる。
英雄譚の英雄のように、仲間と共にドラゴンに対峙している。
……ベガは、僕を信じてくれている。
英雄のように僕がドラゴンを倒すことを、信じてくれている。
その無償の信頼と期待が、僕を安心させてくれる。
そして、リラックスした脳を、最大限働かせてくれる────
「──思いついたよ」
あのドラゴンを、討伐する策を。
「二秒、ってとこか」
嬉しそうに微笑むベガ。
その笑顔に、不信感や懸念なんかは一切ない。
ただひらすらに、僕が本当に出来ると信じてくれている。
「ベガ、僕に《アクセラレート》を頼める? 魔力を消費したくなくて」
「もちろん。《アクセラレート》」
彼女は短剣を抜いて、詠唱。
僕の素早さが上がった。
「ありがとう……。それじゃあ、ここを任せたよ」
「あぁ、任されたよ」
僕は落とした剣を拾い上げ──ずに。
駆け出した!
それも、鍾乳洞の入口のほうへと。
「おい、イオ! どこへ行くつもりだ!」
兄上の制止。
それで、止まることはない。
「少しだけ上に!」
「嘘を申すでない! 戻っては来ないであろう!」
「必ず戻ってきますから!」
そう言って僕は、人の合間を縫って進み、階段を駆け上がった。
「恐れをなして逃げおったか! クソッ、ランベルクの面汚しめが!」
「ガニミード、イオなら言葉通り戻ってくるわよ。怪我人を置いて自分だけ逃げるなんて選択肢、あの子が取れるはずないもの」
「イオの兄貴! 早く、指揮を! イオはイオの、お前はお前の役割を果たすんだよ!」
怒り。
友情。
悲しみ。
信頼。
焦り。
様々な感情の渦巻く鍾乳洞で、ドラゴンとの戦いはまだまだ続く──




