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4話 勧誘

 ざあああああ。


 かれこれ数時間。

 滝のように降りしきる雨に、僕は打たれていた。


「……」


 裏路地に座り込み、ひたすら雨に打たれる。

 意味なんてない。

 なぜそうしているのかさえ分からない。


 だけど、パーティーを追放されたため、仕事に打ち込むこともできない。

 婚約者を寝取られたがゆえに、簡単には帰宅できない。

 家から勘当された以上、家族に助けてもらうこともままならない。


 今の僕には……もう何も無い。

 これからどうやって生きていくか。それを考えることすら億劫だ。


 じっと座って、ずっと雨に打たれていた。

 少なくとも雨が止むまでは、延々とそうしているつもりだった。


 だが──不意に雨が止んだ。


 身体を打つ雨粒の感触がなくなった。

 もう終わりか……。

 顔を軽く上げると、雨は止んでいなかった。


 目の前の水たまりの表面が、びちゃびちゃと激しく跳ねている。

 もしかして……僕の周りだけ止んだ?


「風邪ひくよ、イオ」

「誰……?」


 僕は視線を右に向けた。

 ……足だ。

 女性らしい白い足が二本。


 そこから視線を上に上げると……


「同じクラスだったベガだよ。久し振り」


 紫の髪をショートカットにした、優男風の女が、傘を差していた。


 見覚えがある。

 というより、騎士学校で見た彼女の姿は、まだ記憶に新しい。


 武技と魔術、その両方を極め、同学年からの尊敬を一身に集めていた。

 授業となれば教師を凌駕し、試験となれば魔物を蹴散らす。


 ──帝都騎士学校、実技主席卒業。


 その一言で、彼女の実力は説明できる。

 しかも、その整った容姿や、やんごとない家柄も相まってか、男女・学年を問わずの人気者。


 しかし、そんな彼女がなぜここに?


「……久し振り、ベガ。どうかしたの?」

「パーティーから追い出されたって噂で聞いたけど、本当?」


 フラッシュバックする嫌な記憶。

 歯噛みしてしまうけど、正直に答えた。


「本当だよ。僕が器用貧乏で低レベルだから追放されたんだ」

「そうか──それは良かった」

「……ッ! ……馬鹿にしにきたの?」


 表情を窺うが、その紫の瞳に嘲りの色は見えない。


「いいや」


 首を横に振るベガ。

 否定を告げるように、紫の髪が左右に振れる。


 だけど、惨めな僕を嘲り笑う以外の理由なんて、考えられないよ……。

 だって僕、弱いからパーティーを追放されるような男なんだよ?

 それに加えて、婚約者を寝取られ、家から追放されたんだ。

 ベガは何が目的で──


「──イオを勧誘しにきたんだ」

「かん、ゆう……?」


 誘ったり招待したりする勧誘のこと?

 それとも、狡賢い英雄を意味する奸雄?

 はたまた僕の知らない語彙?


 ……いや。

 状況から察するに、彼女は"勧誘"と伝えたかったのだろう。

 にしても、この僕を?

 なんで……?


「実は、冒険者クランを立ち上げようと思ってるんだ。誰を勧誘すべきかと考えてみたら、真っ先にイオが思い浮かんだ」

「ありがたい、けど……」

「けど、じゃない。私はクランを立ち上げる。イオは今、フリー。私は、そんなイオを勧誘したい。ただそれだけだ。で、どうする?」


 ベガは僕に、手を差し伸べる。


 彼女がなぜ僕を勧誘したがるか、考えても考えても分からない。

 騎士学校の時だって、実技試験の成績は100人中70位くらい。

 僕よりも勧誘すべき同級生は、70人近くもいる。


 でも、なぜか彼女は僕を選んでくれた。

 そこには何か意味があるわけで。


 もしかしたら、僕の無様な様子を見たいのかも知れない。

 単純に人を見る目がないのかも知れない。


 だけど──


「受けるよ、その勧誘。……行く当てもないし」


 僕は彼女の手を取った。

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