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36話 ドラゴン討伐隊

 二日という猶予は、すぐに過ぎ去っていった。


 なぜかレオンと男二人で風呂に入ったり。

 五人くらいの女性を連れたガニミード兄上と、街でばったり会ったり。

 ベガと姉上の料理対決に付き合わされたり。


 それなりに日常を謳歌した。


 だけど。

 これから始まるのは、完全なる非日常だ。


「傾注せよッ! 我々はこれより、ドラゴン討伐を開始するッ!」


 帝都付近の森の中。

 ダンジョンの入口の前で。


 岩の上のガニミード兄上が、総勢三百名の前で叫ぶ。


「第一班、五十名は上層の露払い! 第二班は中層を、第三班は下層を掃討するのだ! その後、第四班が階段前を確保し続け、本隊が最下層へと突入する!」


 戦う冒険者は二百名。

 補給用の荷物係、パーティー外のヒーラーが五十名。

 帝国騎士団が五十名。


 と、狭いダンジョンにしては、かなりの軍勢だ。


「では──行くぞッ!」




 ダンジョンは暗く、長い。

 本隊に入っている僕らは、戦うこともなく、数時間歩きどおしだ。


 欠伸を漏らしながら、レオンが、


「にしてもよ、イオ。すげぇな、お前の兄貴、討伐隊の隊長じゃねぇか。ただのエロゴリラだと思ってたぜ」

「え、エロゴリラ、ね……はは……。まぁでも、英雄色を好むって言うもんね」


 ちらっと僕らの前方を見ると、帝国騎士団がいる。

 兄上はその先頭で、威風堂々と進んでいる。


 心なしか、他の騎士団員が兄上を見る視線には、憧れや信頼が含まれている。

 言動は確かにエロゴリラそのものだけど、その視線を受けるだけの実績や評価は積み重ねてきたのだろう。


 僕も、負けてはいられないな……。


 同じランベルク侯爵家の出身として。

 しかし、違う母親から生を授かった身として。

 そしてなにより、『ランベルク侯爵家を越える』という目標のためにも。


 ガニミード兄上は……越えなくちゃいけない。


「全員、止まれッ!」


 "元"ボス部屋前で兄上は足を止め、振り返った。

 その野太い声が、ダンジョンに響く。


「我が弟曰く、この広間の地下にドラゴンが眠っていると云う! 相手は強大かつ、強靭でろう! しばし休息を挟む! 英気を養い、覚悟を決めよ! では一事──解散ッ!」


 冒険者と騎士団員は広間へ向かい、腰を休める。


 広間では既に、ボス前の露払いをしてくれていた冒険者たちが、野営の準備を終わらせている。

 僕ら四人も、その輪に入っていった。


 しばらくすると。


 三大公爵家の令嬢であるベガは、貴族同士の人付き合いへ。

 姉上は絶賛、兄上の部下達から質問の嵐に遭っている。

 レオンは……爆睡中。


「ぐがぁー……ッ、がぁー……ッ」

「この状況で寝れるの、素直に羨ましいよ……」


 横になった彼の隣で、僕は座り、装備の最終点検をしていた。

 が、そこへ。


「我が輩には、未だに意外だ。まさかイオと、肩を並べる日が来ようとはな」


 ガニミード兄上が、酒杯片手にやって来た。


「隣、よいか?」

「はい、構いませんよ」


 どかっ、と兄上は僕の隣に座り込む。

 酒杯を一気に呷り、酒臭い息を吐いた。


「イオ。こう言っては悪いやも知れないが……イオが勘当されたと聞いたとき、正味、我が輩は嬉しかった」


 兄上は僕の目を見据え、実直にそう言った。


 ……次期当主の候補が一人減ったんだから、確かに嬉しいかもね。

 だけどそれを包み隠さず面と向かって言ってくるのは、いかにもガニミード兄上らしいや。


 はは……、と愛想笑いを返す僕。

 兄上は、お酒の残りを全て飲み干した。


「はぁー……。だがな、同時に姉貴殿は、家を出てしまわれた。まれに手紙をよこす程度で……先日の宮中音楽会にも不参加であった。このままでは、ランベルクの名まで捨てかねない」


 なぜか兄上は無念そう。

 その瞳は、騎士団員と会話する姉上に向けられている。


 姉上が家を出ることに、なにか不都合でもあるんだろうか?

 政略結婚の駒が一つ失われる、とか?

 姉上の人脈がランベルク家から無くなる、とか?


 普通に考えれば、そのあたりが理由だろう。

 だけど僕の予想は、面白いくらい的外れだった。


「我が輩はな、姉貴殿が欲しいのだよ。無論、一人の女として」

「じゃあ当主になる目的って……」

「あぁ、愛する姉貴殿を我が物とするためだ」


 当主になれば、家族の結婚や交遊に関して、かなり制限ができる。

 あの者と婚姻しろ、あの者とは仲良くするな、という風に。


 兄上はそれを利用して、姉上から結婚や交遊の二文字を奪うつもりなんだろう。

 もしかすると更に、当主権限を駆使して、無理やり自身と婚姻させるかもしれない。


 ……ふざけた独占欲と所有欲だ。

 だけどそれが、ガニミードという男の原動力なのだろう。


「……しかしな。姉貴殿がランベルクの名を捨ててしまえば、当主の拘束力は一切効かない。どころか、名門貴族と平民……会うことすらままならないだろう」


 ガニミード兄上はアゴヒゲをさすりながら、


「そこで、だ。イオ、姉貴殿に帰るよう取り計らってはくれないか? 無論、ただでとは言わぬ。金なり女なり、望むものを与えよう。兄貴殿への復讐を望むなら協力するし、帝国騎士団での席も用意しよう」


 ……魅力的な報酬だ。

 姉上を家に帰らせるだけで、今後の将来が約束されるなんて。

 ガニミード兄上らしく、太っ腹だ。


 だけど、答えは決まっている。


「お断りだね」


 僕はきっぱり、言ってやった。


「姉上は、僕や兄上の姉ではあっても、物じゃない。姉上には姉上の人生があって、幸せがあるんだ。もしそれを邪魔するというのなら──たとえ兄上でも容赦はしないよ」


 視線の先、一瞬あっけに取られていた兄上は……笑った。


「クックック……ガッハッハッハッハ! 成長したなぁ、イオ!」


 バンっ、バンっ!

 大きな手の平が、僕の背中を叩く。


「それでこそランベルクが男児よ! 己が覇道は武技と魔術で切り拓くべし! 人より与えられること、断じてあらざるべし!」


 この帝国の初代皇帝が、自分の息子達に言い放った台詞だ。

 それに対し、二代目皇帝の返答は……


「……ならば、人である父君ではなく、神である人民に与えてもらうまでの事」

「流石イオ、よくぞ知っているな!」


 ガッハッハ、と大笑いしながらも、立ち上がる兄上。

 巨大な甲冑の背中が、僕の眼前に、壁のように聳え立った。


「我が輩は必ずや姉貴殿を手に入れるッ! 神である姉貴殿に、我が輩がイオ以上の存在であると知らしめる! ドラゴンの首は、我が武技が斬り落とすッ!」


 そう宣言して、兄上は広間の中央へと向かう。


「休息は終わりだ! これより、英雄譚のごとき竜殺しを始めるぞッ!」


 ……僕はもしかして、兄上に試されたのだろうか。

 姉上を奪い合う相手として、相応しいか否かを。


 結果は……相応しかったんだろう。


「ふぁ~……。もう時間かぁ……」


 目覚めたレオンが、眠たげな瞳でこちらを見た。


「おっ。イオ、いつになく勇ましい顔つきじゃねぇか。よほどドラゴンが倒してぇのか?」

「うん。貴族の地位を貰うためにも──ガニミード兄上を越えるためにも」


 僕は立ち上がり、レオンに手を差し伸べた。


「さ、行こうか」


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― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴン編が一段落したら、そろそろ寝取り男と共犯者達が墜ちていくのを見たいですね。追放の事実が元パーティーメンバーやそのリーダーに知れるのも、追放後に結構ストーリーが進んで今更なタイミングで…
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