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35話 三日後

「ただいま、イオ、お義姉さん。それと、ついでにレオン」


 僕の家のリビングへ、ベガが顔を出す。

 ゆっくりとくつろいでいた僕らは全員、彼女の報告に耳を傾けた。


「首尾は……上々かな? 討伐隊が、また組まれているところだよ。それに、帝国騎士団の協力も得られそうだ。……それでも戦力不足には変わりないけどね」

「宮廷司書はなんて?」

「三日後には目覚めるだろう、って。ドラゴンの討伐隊は、遅くても明後日には帝都を出るだろうね」


 ……今から三日前。

 オーガシャーマンを討伐した僕らは、ボス部屋の地下でドラゴンを見つけた。


 それから二日間。

 オーガシャーマンという指揮官を失って統率の取れていないゴブリン・オーガを、僕らは軽々と蹴散らした。


 ダンジョン内の全冒険者が集結し、出入り口を塞ぐ敵の大群と崩落した岩を、なんとか排除。

 帝都への帰路に就き、ギルドへ事の顛末を報告……というわけだ。


 全冒険者百八十二名中、還らぬ者となったのは五十名弱。

 凄まじい損害だ。

 オーガシャーマンの狡猾さが、数字から窺える。


 なのに、敵はオーガシャーマンのみにあらず。

 ドラゴンという化け物が、最下層に巣くっていた。


 今は、ドラゴン特有の長い睡眠についてはいるが、いずれは起きる。

 そして目覚めれば……エサを求めて暴れだすだろう。

 もしかすると、人間を襲いに帝都まで飛んでくるかもしれない。


「ふぅ……。オーガシャーマンはおそらく、あのドラゴンを飼っていたんだろうね」

「ここ最近活発化した、っていうのも、"ドラゴンがそろそろ目覚めるから餌を探してた"と考えれば、辻褄が合うね」


 あの巨大なドラゴンを養うための餌、か……。

 かなり大型の生物じゃないと厳しいだろうね。

 それこそ……"人間"とか。


 あのダンジョンが活発化した本当の理由は、『僕ら人間をダンジョン内に誘い込むため』かな?


 あのオーガシャーマンなら、それくらい考えそうだ。

 でも、言わないほうが事実もあるだろう。


「……それじゃあ、行こうか」


 一通り報告を聞き終えた僕は、席を立った。

 レオンが目を丸くしながら、


「んあ? どこ行くんだ? まさか、俺達だけで先にドラゴンを討伐しようと……ッ!?」

「さ、流石に違うよ」

「じゃあ、どこに?」

「──帝国騎士団の本拠地」


 ◇◇◇


 眼前に聳え立つ、壮麗な教会。


 この帝都において、王宮の次に大きいであろう建物だ。

 ここが、帝国騎士団の本拠地である。


「おいおい。用があったとしても、俺らみたいな冒険者を通してくれんのか?」

「大丈夫、つてはあるからさ」


 と、僕がレオンに言っている間に。

 姉上が入り口前の衛兵へと、話しかける。


「ごきげんよう。ランベルク侯爵家が長女、ヒマリア・フィン・ランベルクよ。"弟に"用があって来たのだけれど、通してもらえるかしら?」

「はい! 無論、存じ上げております! どうぞお通りください!」


 衛兵は踵を合わせ、背筋をこれでもかと伸ばした。

 その横を通って、僕らは教会へと足を踏み入れた。


 中庭に臨む回廊を、姉上に付き従って進む。

 道中、ふと気になったのかベガが、


「弟に用がある、って言ってたけど、まさかイオの事じゃないよね? だとすれば、"他の弟"がいることになるけど……」

「そうよ。言い方は悪いけれど、他の弟よ」


 と、そこで、先導する姉上の足が止まった。

 中庭の一角に、目的の人物を見つけたのだ。


 戦闘中でもないのに、身体には白銀色の全身鎧。

 兜は脇に抱えられ、その燃えるような赤い髪とヒゲが目に付く。


「ガニミード。私よ、ヒマリアよ。用があって来たの」


 ガニミード──僕の兄上は姉上に気が付くと、回廊のほうへ、どしどしと歩み寄ってきた。


「おぉ、これはこれは姉貴殿! 本日も大変麗しゅうございますな! 我が姉であるのが、実に惜しく感じられますぞ!」


 ガッハッハ! と、某オーガシャーマンを思わせる大笑い。


 兄上は目の前に来て足を止めると、僕らを"見下ろした"。


「ほう、摩訶不思議な顔ぶれですな! 先日、兄上に勘当を言い渡されたイオと、ギースリンゲンが御息女! さらに極めつけは謎の男!」

「謎の男じゃねぇよ! 俺はレオンだ!」


 そう咆えるレオンは、"見上げている"。

 レオンも百八十センチ近く、背の高いほうではあるけど……それでも兄上より圧倒的に低い。


「ガッハッハ、子犬がそうキャンキャンと喚くでない! 漢ならばどっしりと構えるべし! そうは思いませんか、そこな麗しき蝶よ?」


 真っ赤な髭をさすりながら、兄上は熱い視線をベガへと注ぐ。

 だけど彼女は素っ気ない。


「ナンパならお断りだよ。生憎と、君みたいなのはタイプじゃないから」

「おぉ、これはなんと手厳しい! いやはや、蝶にあらず蜂であったか! しかし、その毒針はしかと、我が心の臓を貫きましたぞ! どうですかな、今夜あたり?」


 その誘いを無視し、ベガは訝しげな目で僕を見た。


「本当に兄弟? イオともお義姉さんとも、似ても似つかないよ?」

「腹違いではあるけど……一応」


 長男であるマルテオ、次男であるガニミードは、僕や姉上とは母親が違う。

 その違いは、僕らに顕著に出ている。


 僕や姉上の体格は平均的。

 だけど、僕には記憶力が、姉上には魔術の素養が、母の血から譲られた。

 髪や魔力の色は、青に近い。


 対し、兄上たちは、かなりの長身だ。

 ガニミード兄上に至っては、二メートルを超す巨体っぷり。

 髪や魔力の色は、赤に近い。


 晩餐会や舞踏会で隣に並んでいても、友人だとよく間違われるよ……。


「おぉおぉ! まさかの無視! その気丈な振る舞い、落とし甲斐がありますな!」

「そのあたりにしておきなさい、ガニミード。ランベルク家の品位を落とすわよ」

「ふむ、姉貴殿に言われては仕方ありませんなぁ」


 赤いアゴヒゲをさすりながら兄上は、ようやく本題へと入った。


「して、何用でありましょうか? よもや、愛の告白をしに参った、というわけでもありますまい!」

「ニエル武具の地下にあったというドラゴンの鱗を、見せてもらえないかしら?」

「重要な物品ですので部外者には見せられませんが……姉貴殿は部外者ではありませんな! よろしいでしょう、こちらです!」


 回廊を進みだしたその大きな背を、僕らは追った。




 数分後。

 辿り着いたのは、石造りの地下室。


 木箱の中に保管されていた"ドラゴンの鱗"を、兄上は気前よく見せてくれた。


「こちらにございますぞ、姉貴殿! ギースリンゲン嬢も遠慮なさらず!」


 なんというレディーファーストの極みだろうか。

 でも、親切心から下心が滲み出まくっている。


 兄上は、しれっとベガの肩にボディータッチしようと手を伸ばす。

 が、彼女は視線さえやらずに払い除け、ドラゴンの鱗に近づいた。


「あのドラゴンと同じ、赤い鱗……。イオの家を襲撃に来たウィザードが身に着けていたのも、赤い鱗……。イオ、どう思う?」

「無関係ではないだろうね」


 ドラゴンは、かなり珍しい魔物だ。

 当然、その鱗は希少だ。

 そう簡単に手に入るものじゃない。


「これまで見たドラゴンの鱗が、全てあのダンジョンのドラゴンのものだと考えるのが妥当だね。そうすると……色々説明がつく」


 ふっ、と愉しそうにベガは笑うと、


「これまでの疑問を晴らしてもらってもいいかな?」


 そう言って、僕に質問を一つ。


「なんで『ニエル武具』の武器や防具を、あのダンジョンに運ぶ者がいたんだい?」

「オーガシャーマンと"取引"するためだと思う。この鱗も、ウィザードの身に着けていた鱗も、オーガシャーマンと"交換した物"なんだろうね」


 普通、魔物と取引するなんて不可能だ。

 だけど、あのオーガシャーマンは人の言葉を理解していた。

 ……可能だ。


 加工できないドラゴンの鱗よりも、大剣や大鉈が欲しいオーガ達。

 ドラゴンの鱗という希少素材が欲しい人間達。

 その利害が一致したのだろう。


 しかも。

 それだけでなく。


「逆に僕から聞くけど……これまで出会った犯罪者達のファイター、何を使っていたか覚えてる?」

「……全員、両手剣だね。それも幅の狭いやつを。大剣を使う帝国人らしくない」


 貴族二人を捕らえようとしていた五人組も。

 僕の家を襲撃しにきた五人組も。

 ファイターは全員、両手剣を使っていた。


 偶然、とは思えない……。


「帝国に蔓延る犯罪者たち……その裏には、"共和国"が絡んでそうだね」


 僕のその発言に、皆の表情が一変した。


 兄上は武人らいく厳めしく。

 レオンは嫌そうに顔を顰め。

 姉上は困ったように溜め息をつく。


 だけど、ベガだけは、なぜか楽しそうだ。

 ニヤニヤとした笑みを隠そうともしない。


「……どうかしたの?」

「いやぁ、流石の推理だなって。そこの脳筋と馬鹿とは、えらい違いだよ」

「ガッハッハ! 漢は力こそ全てよ!」「馬鹿っていう方が馬鹿だろうがよッ!」

「ほら、やっぱり脳筋と馬鹿じゃないか」


 なんてやり取りする三人を脇に、僕はもう一度、赤い鱗を見た。


 最高レベルの硬度。

 つまり、高い物理防御力。

 完全な火耐性・その他各種耐性。

 これまた高い魔術防御力。


 ただの鱗に見えるが、これは紛れもなく"最強の生物の鱗"だ。


 どれだけ考えても……攻略の糸口が見つからない。

 敗北という絶望が、その暗い影を伸ばしてきている。

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