34話 最下層
「《ヒール》《リジェネ》。血液の損耗が激しいわね……《フィットネシェア》」
傷の治療、自然治癒力の上昇、輸血。
姉上は、至れり尽くせりの回復魔術を施してくれた。
「ありがとうございます、姉上。おかげさまで、体力も結構戻ったみたいです」
「いいのよ。それよりも、イオが無事だった事が、なにより嬉しいわ」
そう言うと姉上は、僕を強く抱き締めてくれる。
失血によって冷たく、硬くなった僕の身体に、温かさと柔らかさが沁みる。
……強敵と戦いに行って、帰ってきたのはいいけど、失血多量。
自分でまともに立てない状態だったのだ。
姉上をかなり不安にさせたことだろう。
「こんなに血を流して、危ない目に遭って……だから冒険者なんてやめたら、って言ったのよ。……すんっ」
僕の耳元で、姉上が鼻をすする音が聞こえた。
そういえば、ふらふらの僕を最初に見たとき、目元を袖で拭っていましたね……。
「こんなにも僕の事を想ってくれて……ありがとう、姉上。もしかしたら、姉上に心配して欲しくて無茶するのかも知れませんね?」
「もうっ、冗談でも怒るわよ」
むっとした表情で僕から離れるけど、手を握って温めてくれる。
「けーっ、羨ましいぜ、イオ。俺にも、美人で優しいメイドの姉がいればなぁ~!」
なんて言いつつ、僕らの元にレオンがやって来た。
両手一杯に、ホブオーガの落としていった大剣を抱えている。
「……それは? 戦利品として持ち帰るの?」
「いや、違ぇんだ。見てくれよ、ここ」
レオンが視線を落としたのは、大剣の"柄"。
そこに、文字が刻まれている。
『ニエル武具』、と──
「……はは。そんな気は、どことなくしてたんだんよね」
「俺達人間も、一枚岩ってわけじゃねぇんだな」
僕とレオンだけで進む話に、姉上が首を傾げた。
「? その『ニエル武具』の銘に、何か深い意味があるのかしら?」
姉上には、あまり詳しく説明していないんだっけな。
なら、ここは一から説明を。
「この前、僕の家が爆破されたじゃないですか。あれ、その『ニエル武具』とグルになった冒険者たちの仕業なんです」
「えぇ、それはレオンさんに聞いたわ」
なら話は早い。
「実は、『ニエル武具』の武器と防具を持った冒険者がこのダンジョンに向かっているのを、見たんですよ。それも、僕とベガがこのダンジョンの位置を報告する以前に」
「……。……そういう事なのね」
明晰な姉上は、理解したようだ。
家を襲撃してきた冒険者たちが、ニエル武具の武器・防具をこのダンジョンに渡していたという事を──
「人間が魔物を強化するなんて、世も末ね」
姉上は、呆れて肩を竦める。
だけど。
終わって欲しかったけど。
この話はこれで終わりじゃない。
僕らは地下室で、襲撃者の服の下で、"ある物"を見た。
おそらくそれが……
「イオ、休息中悪いけど、少しいいかな?」
聞き慣れた声に、僕は顔を上げた。
ベガと数名の冒険者が、真剣そうな表情でこちらを見ている。
「うん、いいよ」
「なら、こっちへ来てくれ」
僕は立ち上がり、踵を返したベガの背中を追う。
彼女の足はどうやら、玉座のほうへ向かっているようだ。
もっと正確に言えば、『玉座の下にあった地下への階段』のほうへ。
「私達はどうやら、とんだ勘違いをしていたみたいなんだ」
僕ら《彗星と極光》と数名の冒険者は、その階段を下りる。
百段近く下りたところで、ようやく扉に突き当たった。
「その勘違いが何なのか、今から教えなければならない」
ベガは閂を外し、扉を押し開く。
扉の先は、巨大な鍾乳洞だった。
二十メートル先の天井に、鍾乳石の柱がびっしり連なっている。
壁には、室内を淡く照らすヒカリセッカイガンが所々に。
そして、この鍾乳洞の中央には──
「お、おい……嘘だろ……。なぁ誰か、これは夢だって言ってくれよ」
「こんな事って、ありえるのかよ……。地下のさらに地下に……」
────ドラゴン。
「オーガシャーマンは……ダンジョンボスじゃない」
"体高十メートルはありそうな紅いドラゴン"が、丸くなって眠っていた。




