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33話 オーガシャーマン2

「……さぁ、覚悟は出来てるよ、ダンジョンボス。果たして、二度も僕を殴り飛ばせるかな?」

「クックック……その覚悟、木っ端微塵に砕いてやろう! 惰弱な人間風情がァッ!」


 どしッどしッ、どしッどしッ!


 足音が大きく、間隔が短くなった。

 こちらへ走っている。


「《エクスプロール》ッ!」


 杖を振るい、魔術を詠唱。

 頭の中に、敵のおおまかな位置が流れ込んでくる。


 オーガシャーマンは……僕のすぐ後方!?

 くっ……!

 間に合ええぇッ!


 ──ブゥンッ!


 咄嗟にしゃがみ込んだ僕の頭上を、そら恐ろしい音が通り抜ける。


「やっぱり三度目も横薙いでくるなんて……僕以上に剣の才能無いよ。だから、見て学ぶと良い」


 刹那、僕の右手のブロードソードが煌めいた。

 弧を描いて放たれた鋼色の刃は斬り裂く──僕の左腕を。


「ギャッハッハ、取り返しのつかない失敗を犯したな、人間! 愚かなり!」


 幾つもの動脈が裂け、噴水のように噴き出す血潮。


 信じられないほどの痛みが、左腕に襲い掛かる。

 だけどッ!


 それでも僕は必死に、左手の短杖は落とさない!


「《コントロール:ウォーター》!」


 詠唱の直後。

 僕の左腕から血液が、噴水のように放たれる!


 ──もちろん、オーガシャーマンのほうへ。


「GUOOUッッ! オマエの血で、目がァ! これは目潰しか! ワタシの五感を鈍らせ……いや、違うッ!」


 どうやらオーガシャーマンも気が付いたようだ。

 透明なはずの全身が、"紅一色に染まっている"のを。


「『透明化』を看破するなんて、染料一つあればいい。だけど染料が血液これしか無かった、というだけの事だよ」


 この場にも僕の《ストレージ》の中にも、染料は一切ない。

 普通なら、その時点で別の作戦に切り替える。

 嗅覚や聴覚を鋭敏にするとか、足音の位置を特定するとか。


 だけど僕は、考え抜いた。

 どこかに染料となるものはないか、と。


 その結果。

 一つだけ、たった一つだけ見つかった。

 尋常ならざる覚悟さえあれば手に入る染料(血液)が。


「自傷など、常人の発想ではない! 狂っているかオマエェッ!」

「最高の誉め言葉、ありがとう。……ベガっ!」


 言い終わるより早く。

 僕の真横をベガが駆け抜ける。

 風のような速度で、オーガシャーマンに肉薄した。


「このワタシが! 人間に負けるなど、あってはならぬのだアァッ!」


 血に塗れた骨の杖が、またもや横薙がれる。

 ベガは跳び上がって容易く回避。


「見えていれば、君の一撃なんて当たるわけないだろ」


 空中で一回転すると、彼女は華麗に着地。

 真っ赤な肉体に突き刺さったブロードソードの柄を、右手で掴んだ。


「《文月雨》」


 瞬時。

 オーガシャーマンの肉体に、七つの穴が環状に生じる。


「UGA……ッ? いま、何をされたのだ……ガハッ!」


 生物の動体視力では追い付けない七連撃の突きが、強靭な肉体を刺し貫いたのだ。

 ベガの魔力の証である紫の残像が、未だに傷口に残っている。


 しかし、それで終わらない。

 僕がベガの前へ躍り出て、


「《五月雨》ッ!」


 五連撃の突き!

 ザ、ザ、ザ、ザ、ザァ──ッ!


 環状の傷痕の内側に、五つの蒼い穴を生じさせる。


「UGUOAAA……ッ! GUAAOAOOAAッ!」


 外の紫の環状と、内の蒼い環状。

 傷の数は、合計十二。


 だが、その数も色もはっきりは見えないほど、


 ダバアアアァァァ──ッ!


 紫の血液が勢いよく、オーガシャーマンの身体から溢れ出す。


「クックック……どうやらワタシは死ぬようだ。残念ながら、オマエを伴侶とすることは叶わぬようだな……」

「お生憎さま。身も心も、私の全てはイオのものだから」


 どさりっ。

 仰向けに倒れるオーガシャーマン。


 心底愉しそうな笑顔で、瞳は開いたままだ。

 だが、呼吸は無い。


 死んでいる。

 奴との戦いは終わったんだ。


「《ヒール》」


 僕は自身に回復魔術を掛け、自分で裂いた傷口を塞いだ。

 と同時。

 ふらり、と視界が傾いた。


 多分、僕も血を流しすぎたんだろう。

 それで、足に力が入っていないんだ。

 ……なんて考えても、この脱力感は、どうにもなんないや。

 はは……。


 でも、気分は悪くないかな。

 ボスは倒したし、ベガは守れた。

 不思議と、心の中は晴れやかだ。


 悔いはない。

 ……このまま死んでもいいや。


 視界に、岩の天井が映る。

 後頭部から地面に倒れ込む……はずだった。


「……っと。なぁーに、やりきった感出してるの、イオ?」


 倒れる寸前、ベガに抱き留められた。

 天井だけだった視界には、いつもの余裕そうな笑みが映り込む。


「実際に、やりきったからね……」

「いいや、まだだよ」


 僕をお姫様抱っこしながら、彼女はかぶりを振った。

 紫の髪が、さらさらと揺れる。


「あのダンジョンボスは僕が倒した、って宣言しないと。私の手柄になってしまうよ?」

「それでいいよ。ベガのおかげで勝てたんだから」


 笑顔でそう答えると、ベガは溜め息をついた。


「はぁ……仕方ないか」


 がばっ、と彼女は僕を起こすや、肩を貸して立たせてくれる。

 そして振り返った。

 発動主が息絶え、崩れていく岩の壁のほうへ。


「UGAAAAAAAAAAAAAAA!」

「甘いッ! 《アイシクルランス》!」


 未だに、ホブオーガたちと冒険者たちの戦いは続いている。

 だが、彼等は全員手を止め、こちらを見やった。


 ホブオーガも、冒険者も、ダンジョンボスと僕らの戦闘の行方が気になったのだろう。

 だけど、崩れた岩壁からも察せられる通り。


 砂埃の中、立っているのは"僕とベガ"だ。


「UGA……、IIAA……」

「イオ、ベガ……ッ! まさかあいつら……!」


 魔物の顔には絶望が、人間の顔には歓喜が浮かび上がる。

 ベガがそこへ、駄目押しの宣言。


「ホブオーガ共、よく聞け! お前達の主は、ここにいる"イオ"が討伐した!」

「え、ちょっと、ベガ! 話が違……」


 彼女は僕の声に、一切耳を貸さない。


「大人しく投降するか、この場を立ち去れ! さもなくば、イオの武技と魔術が、お前達をあのような姿に変えることだろう!」


 ベガが短剣を向けた先には、紫と紅の血に塗れまくった無残な死体。

 お世辞にも、綺麗とは言えない……。


「UGAU! GUAAAUUAI!」

「IIAAAA! GYAAAIIA!」


 このダンジョンで最強の存在であった主が、たった二人の人間の手によって敗北したのだ。

 僕らを恐れたホブオーガたちは、武器をも捨てて逃げ去った。


 ……どうやら僕らは、勝利を勝ち取ったようだ。

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