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31話 ボス部屋

「ふぁ……おはよう」


 よく眠れた。

 消費した魔力も、かなり回復できたことだろう。


 瞼をこする僕に、姉上が瓶を差し出してくれる。


「はい、イオ。目覚めの魔力ポーションよ」

「ありがとうございます、姉上」


 このパーティーだと、中衛であるはずの僕とベガは前衛になる。

 一度戦闘が始まってしまえば、魔力ポーションを飲む余裕は無いからね。

 しっかりと回復しておかなくちゃ。


「ごくごくごく……ぷはぁ~! よし!」


 ポーションを飲み干し、装備を最終点検し、僕は顔を上げた。


 このダンジョン内に取り残された百八十二名の命──

 その全てを救えるとは、はなから思っていない。


 だけど、狡猾なボスを倒すことで一つでも多くの命が助かるのなら……。


「やるよ、ベガ、姉上、レオン。《彗星と極光》が、皆を救うんだ」




「これで入口の敵は、あらかた掃討し終えたかな」


 岩壁だからけの中で、一際異彩を放つ金属の扉。

 その前に転がる、数匹のゴブリンの死体。


 ボス部屋前の見張りは、難なく討伐した。

 残るは……この奥だけか。

 こっちも難なく、とはいかなそうだね。


「それじゃあ、開けるね」


 金属の扉に両手をつくと、それを押した。


 ぎいぃ……。


 中に広がっていたのは、"玉座の間"だ。


 中央には、つぎはぎだらけの絨毯が伸び。

 左右には、近衛と思われるホブオーガが五匹ずつ。

 そこかしこに、装飾品として骨が飾られている。


 そして最奥には──玉座。

 木でできた簡素な玉座に、一匹の『オーガシャーマン』が座っていた。


 間違いない。

 奴がボスだ!


「戦闘態勢を取って!」


 ジャキッ!

 僕らは剣を、弓を、短杖を構える。


 呼応するように、合計十匹のホブオーガが各々の得物を構えた。


 十一対四。

 絶望的な戦力差だ。


 しかも、ホブオーガ・オーガシャーマンのレベルは40前後。

 普通なら、一パーティーで二匹が限度だろう。


 でも。

 僕らはやらなくちゃ……やり遂げなきゃいけないッ!


 剣を握る手が強まる。

 身体の血が熱くなっていくのを感じる。

 意気や決意が、表情に表れる。


 そんな僕らを見ながら、玉座のオーガシャーマンは口を開いた。


「ククッ……良い顔だ、ボーケンシャ」

「なっ!? 喋った!?」


 魔物が喋るなんて、聞いたことも無い!

 このダンジョンのボスは高い知能を有しているとは思ったけど、まさか人語を解するほどとは……!


「驚きっぷりも素晴らしい。オマエ、美味そうだな」


 じゅっるり。

 舌なめずりするオーガシャーマン。


 嫌悪感が、僕の背筋に走る。


「……やっぱり、そういうところは魔物なんだね」

「当然だ。人間の尺度でワタシを計るでない。天地がひっくり返ろうと、ワタシは魔物。オマエたちの敵だ」


 オーガシャーマンは玉座から腰を上げ、その2メートルの巨躯で堂々と立つ。

 シャーマンなのに筋肉質な肉体が、オーガらしい威圧感を放つ。


「ゆえに、ワタシたちは相容れぬ定め。オマエらは人間を救うため、ワタシたちは人間を殺すため。剣を振るうしかないのだ」

「話し合いで解決、ってのは……無理そうだね」

「奴隷としてオスとメスを五十匹ずつ用意すれば、交渉の席につこう」

「そんなの、やる前から交渉決裂だよ」


 いくらオーガシャーマンと会話できるとはいえ、交渉ができるとは限らないようだ。

 僕は、ブロードソードと短杖を構え直す。


 オーガシャーマンは、玉座に立て掛けられた骨の長杖を手に取ると、それを高く掲げた。


「UGAU! RAU、GARAUッ! AGAAAI、BARAGGAN!」


 直後。

 十匹のホブオーガが、こちらに歩いてくる。

 ……どうやら、僕らを倒すよう指示したらしい。


 さぁ、考えろ。

 考えるんだ、僕。

 ここからどう切り抜けるか。


 弱そうなホブオーガから集中攻撃するか。

 オーガシャーマンを倒して、指揮系統を混乱させるか。

 分散して、一人三匹を相手するか。


 ……いや。

 十一対四なんて、どう考えても勝機が無い──


「ったく、べらぼうめ。イオ、あっしを忘れるんじゃねぇやい」


 声のしたほうを振り返ると──リエン。


 そこにいたのは、見慣れたエルフの少女だ。


「ふっ。ドワーフ以上の屑がいるかと思えば、エルフ以上に"いなせ"な奴いるたあ、ヒュームっつーは面白ぇもんだな」

「リエン!? どうしてここに!」

「は? んなもん決まってんだろうが」


 彼女は背中の大剣に手を掛けると、それを抜いて構えた。


「テメェらを助けに来たんでい」


 り、リエン……カッコよすぎるよ!


 さらに。

 彼女の背後から、


「ま・さ・か、オレッチたちと同じ考えの奴らがいるとはね~。し・か・も、先客ときた。ブラボーだよ」

「我々より早いとは……第一陣のクランデータを見直す必要がありそうだ。確率に修正を加えなくては」


 五人の冒険者が現れる。


 全員……ただならぬ雰囲気だ。

 それもそのはず。


 あの人は、トップクラン《上弦の月》のサブクランリーダー。

 その横は、数々の記録を持つ《初日の出》の有名な二人組。

 その後ろは、キャピュレットの塔を単独踏破した伝説のウィザード。

 その横は、アルドル的人気を誇る《プロミネンス》のイケメンアーチャー。


 帝国の冒険者なら、誰もが一度は聞いたことのある面々ばかりだ。


 よもや、彼等と肩を並べる日が来るとは……。

 思ってもみなかったよ。


「クッ、人間如きが何人増えようと同じこと。UGAA! RAA、IIAEッ!」


 数の劣勢は覆された。

 だが、ホブオーガたちの前進は止まらない。


 《上弦の月》のサブクランリーダーが、最前衛の僕のベガの真後ろにやってきた。


「オーガシャーマンに魔術を行使されては厄介極まる。奴の相手を頼めるか? 少年と公爵令嬢殿」


 僕はベガのほうを見た。

 彼女は頷き、僕へ短剣の切っ先を向ける。


「《アクセラレート》。私は構わないよ。むしろ、イオと二人きりにしてくれたことに感謝だね。イオは?」

「……《アクセラレート》。僕もベガとなら、上手く連携と意思疎通が計れそうだよ」

「だそうだ。オーガシャーマンの相手、しかと頼まれたよ、公爵令息殿」


 僕ら二人で、ここのダンジョンボスを相手する。

 その事に、誰も異論はない。


 サブクランリーダーは剣を引き抜き、高く掲げた。


「全員、戦闘態勢を取れ! ここにいる二人がオーガシャーマンの首を取るまでに、我々はホブオーガを撃滅するぞ! そこのタンクは前衛へ! お前は右を守れ!」


 サブクランリーダーの指示の元、バラバラだった隊形が整えられていく。


 その間、僕らは互いの目を見て頷いた。

 無用な言葉は要らない。

 僕もベガも、覚悟は決まっている。


 そして、隊形が整ったところで僕らは──ダッ!

 地面を蹴って駆け出した!

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