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30話 少しの休息

 リーダーは僕の肩に手を置く。


「本当に行くんだな。……止めはしない、頑張れよ」


 ダンジョンボスの討伐に向かうことを告げると、そう言われた。

 リーダーと別れるや、次いでリエンが、


「勘違いしちまった詫びに、あっしも手伝ってやりてぇんだがよ……。悪ぃな、怪我した奴を守ってやんなきゃなんねぇ」


 拳を突き出す。


「絶っ対ぇに生きて還れ。もしも死にやがったら、テメェの墓にリザードのションベン、ぶっかけてやらあ」

「ははは……それは嫌だね。頑張って生き延びるよ」


 リエンの小さな拳に、僕の拳をぶつけ、

 コツン。

 という音を残して別れた。


 背後では、


「ブレイズ、ライヤ、無事帰れたら話がある。今後に関わる、重要な話だ」


 そう告げるリーダーの声。


 前のパーティーの件に関しては、『これで一件落着』といったところか。

 ブレイズとライヤのほうから関わってこない限り、もう出会うこともないだろう。


 ……さようなら、二人とも。

 君らと冒険していた頃、僕は本当に楽しかったよ……。


 振り返りもせず、僕はみんなと共にダンジョンの奥へと進んだ。




「それで……どこがボス部屋か、目星はあるのか? 闇雲に歩いても、そう簡単に見つかるもんじゃねぇと思うけど」

「目星ならあるよ、レオン。たぶんだけど、この辺りに……あった!」


 よし!

 見つけた、川だ! 


「これを辿って行こ。川は絶えず低いところに流れるからね。最下層まで続いてるはずだよ」

「おぉ! やるじゃねぇか、イオ!」


 レオンは僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。


 このダンジョンに川が流れていることは、大方察しがついていた。


 このダンジョンには魔物が、通路を埋め尽くすほどの量いる。

 なのに、外に出始めたのは最近。


 魔物だって水分を摂るんだ。

 これまで、どうやって飲料水を賄ってきたかを考えれば、『ダンジョン内に水がある』ということ以外に考えられない。


 しかも。

 森があるということは、十分な雨が降るという証拠。

 池があるということは、それが地上に溜まるという証拠。


 それが地下のダンジョンに流れるのも、なんら不思議な話ではない。


 つまり。

 これまでの情報から、川の存在は必然的に導き出せる!


「《エクスプロール》」


 一応念のため、魔術で索敵。

 頭の中に、敵の反応は流れ込んでこない。

 いないのだろう。


「じゃあ、最下層付近まで川に沿って下ろうか」


 それから数時間。

 僕らは、川に沿ってダンジョンを進んだ。




「《ストレージ:アウト》」


 杖を振るうと、虚無空間から革の水筒が出現。

 それを川に浸して、水を中に詰め、


「《ストレージ:イン》」


 元あった虚無空間に収納。


 僕らはあの後。

 道中のゴブリンやオーガを斬り伏せながら、川沿いを進んだ。


 しばらくすると川は終わりを迎え、池に繋がった。

 おそらく、最下層に到達したのだ。


「そっちはどうかな?」


 振り向くと既に、焚き火がパチパチと燃えている。

 その火に、レオンは薪を投入中。


「問題ないぜ、イオ。あとは二人の報告だけだな!」


 と言った瞬間、折よく。


「見つけたよ、ボスの部屋。ここからそう遠くはないね」

「どうやら、本当に最下層に辿り着いていたみたいよ。流石ね、イオ」


 警戒に向かっていたベガと姉上が帰ってきた。

 無事でよかった。


 それにしても、その……すごい血まみれですね。

 後衛だったであろう姉上まで、紫色の血が付着してる……。


 "周辺の警戒"の名の下、さぞ激戦を繰り広げて来たんだろう。


「あれだけ人には無茶するなって言っておきながら、ベガと姉上は無茶するんだ……。ボス部屋を探るのが目的だって知ってたら、僕だってついていったのに」

「そう怒らないでよ。可愛すぎて、抱き締めたくなるじゃないか」


 茶化すようにベガはそう言うと、血に塗れた靴と靴下を、立ったまま脱いだ。

 露わになる、すらりとした生足。


 姉上も手頃な岩に腰掛け、靴と靴下を脱ぐ。

 それを丁寧に折り畳むと、立ち上がった。


「汚れや臭いが気になるから、少し、身体を洗わせてもらうわ」

「そーゆー事。イオならいいけど……レオン、覗かないでよ」


 ベガと姉上は素足で池へと入り、奥のほうへと歩を進める。

 池から突き出した、ちょうど身の丈ほどの大岩の裏へ、二人は身体を隠した。


「ごくっ……。なぁ、イオ。あぁは言われたけどよ、これって絶好のチャンスじゃねぇか?」

「ぜ、絶好のチャンス!? 駄目っ! 犯罪だよっ、レオン!」


 というか、なんぜそんなにキリっとしてるの!?

 戦闘中でも、ここまで真剣そうじゃなかったよね!?


「チッチッチ、イオ、分かってねぇなぁ。罪を犯すだけの価値が宝にあるから、人は盗みを働くんだ。木のお椀なんて誰も盗まねぇが、銀の食器には盗っ人が群がる……そうだろ?」


 た、確かにそうかも知れないけど!


「あの岩の裏には今、棚から出されて包装を剥がされた、銀のナイフと銀のスプーンがあるんだ。心を盗むことは不可能かも知れねぇけどよ、一瞥するくらいは俺にだって出来るんだ」


 お、おぉ……。

 なんか、妙にレオンが格好いいんだけど……いや、呑まれちゃ駄目だ、僕!


「やっぱ駄目だよ、レオン! それに姉上はともかく、ベガにバレたら、ただじゃ済まないよ!」

「身近にいすぎて、価値が分かっていないんだ、お前は!」


 声を荒げるレオン。

 固く拳を握ると、熱く語りだす。


「ベガのあの、ハリの良い健康的な生足! 長くしなやかでありながら鍛えられて良く締まった、あの肉体美をお前は理解できないのか! じゃあメイドさんのはどうだ!? 白く滑らかな絹のような肌! その下に程よくある脂肪が、柔らかい女性らしさを発して止まないじゃないか!」


 こ、怖っ……。


 恐怖し、僕は後退った。

 反対にレオンは、前進するつもり。

 靴と靴下を脱ぎ捨てる。


 と、その瞬間。


「……しょっと」


 岩の上に"服"が掛けられる。


 見覚えのあるトップスにスカート。

 これまた見覚えのあるメイド服。


 状況から察するに、ベガと姉上の脱いだものだ。

 つまり、あの岩の裏では……。


「……イオ、俺は行くぜ。止めてくれるな」


 ちゃぷ……。

 レオンは池に足を踏み入れた。


 波紋が広がり、岩へと伝わる。


 ──刹那。

 レオンの頬を氷の欠片が掠めた。


「…………はえ?」


 零れだす頬の赤い血。

 つぅ……、と血が伝う。


「あー、手が滑ってしまったー。怪我してないといいんだけどなー」


 岩の上へ突き出された、女性の手。

 そこに握られている特徴的な短剣が、ぎらりと鈍く輝く。


「わ、悪かった! つか、貴重な魔力をここで消費すんなよなぁッ!」


 レオンは慌てて池から飛び出た。

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