26話 選択
ゴブリンを足止めした後。
僕ら四人は、先に逃げたクランの人達と合流した。
しかしそれからも、かなりの距離を走った。
ベガが、「大丈夫だろう」と判断したところで、ようやく足を止めた。
「《ヒール》。《キュア》」
怪我した三人を地面で横にして、姉上が治療。
傷を塞ぎ、毒を浄化する。
「あ、りがとう……」
「この恩は必ず返すよ……」
三人とも出血を強いられたが、命に別状はないようだ。
だけど、自力で立てるようになるまで、しばらく時間がかかると思われる。
じゃあ、その間に、
「これからどうするか、話し合いましょうか」
残る八人で、焚き火を囲む。
もう一つのクラン──《ガンマ・グラミ》のリーダーが、早速案を出した。
「帝都まで撤退しよう。それしかない」
普通なら、そう考える。
僕も、最初にその案が思い浮かんだ。
だけど……
「ゴブリンの本隊が来たのは入り口側からですし、あれだけ頭の切れるボスなら、入口を塞ぐっていう考えにも至るんじゃないでしょうか?」
僕は、認めたくない事実を口にする。
「果たして、そう簡単に撤退できるんでしょうか……?」
がッ!
《ガンマ・グラミ》のリーダーは、拳で地面を殴った。
「じゃあどうしろってんだよ!」
だけど、その怒りが無駄であると分かってはいるようだ。
「……すまない。仲間がやられたから、つい熱くなってしまった」
「いえ、いいんです。それだけ仲間との絆が深いって事ですから」
それに、僕が同じ立場でも、怒りが悲しみが込み上げてきたはずだ。
ベガや姉上、レオンが苦しそうにしている様を見て、平静を保ってはいられないと思う。
しかもここはダンジョン。
魔物のホームだ。
人間を殺そうとする化け物が、大量に徘徊している。
加えて、この狭さや暗さが、恐怖を増させる。
『一刻も早く日の目を見たい』なんて思うのは当然だ。
だけど、ここのボスは、それを逆手に取るだけの知能はあるだろう……。
姉上が、何本目か分からない魔力ポーションを飲み干した。
「イオ、代替案はあるの? 撤退が困難となると……私の頭では、『第二陣が到達するまで耐える』程度しか思いつかないわ」
姉上の案は、良い案だとは思う。
精神的にも、戦闘においても強い姉上らしい案だ。
でも、
「第二陣の到達は、三日後。あれだけ狡猾なボス相手に三日も耐えるとなると……かなりの犠牲が出るだろうね」
確かに姉上やベガなら、たかが三日程度、持ち堪えられそうだ。
だけどそれは、彼女たちが"天才"だからだ。
僕みたいな"凡人"が、この環境で三日も耐え続けるなんて、絶対に無理だ。
もし肉体的に無事でも、精神が先に壊れる。
今回の第一陣が百八十人。
そのうち天才が三十人だと仮定しても、残る百五十人は諦めなければならない。
……そんなのは嫌だ。
絶対に、絶対に嫌だ。
この第一陣に参加した人たちは、確かに自分の意志で参加している。
だけど、僕にとっての姉上のように、最愛の家族がいるはずだ。
僕にとってのベガのように、生死を共にした仲間がいるはずだ。
それは、天才だろうと凡人だろうと変わらない。
大切な人がいて、待ってくれている人がいて、愛している人がいて。
それなのに諦めなければならないなんて……絶対に嫌だ。
「冒険者として幼稚な発言かもしれないけど……僕は、たとえ必要な犠牲だったとしても、それを『仕方ない』だなんて言う人間にはなりたくない」
助かる命があるなら、助けるべきだ。
死力を尽くして、命を賭して、それでも助けられない命なら、さらに死力を尽くすだけだ。
僕は、"助からない命も助ける"。
そのつもりで案を出した。
「みんな──ダンジョンボスを倒そう。そうすれば、少しでも犠牲者を減らせるはずだよ」
一瞬、焚き火の周囲が凍り付いた。
それだけ、荒唐無稽な案なのだ。
しかし、ほぼ全員が唖然とする中、ベガは立ち上がった。
「ふっ、幼稚だね、イオ。だけど……好きだよ、そういうところ」
対し、《ガンマ・グラミ》のリーダーは現実的。
「おい、待ってくれ! 本当にダンジョンボスを倒すつもりなのか!? 普通、百人くらいで挑むものだぞ!?」
当然ながら、ダンジョンボスの警護は厳重だ。
パーティーで対処するような強力な魔物が、何十匹もいる。
それを、たったこれだけの人数で倒そうと言ったのだ。
傍から見れば無謀すぎる。
自殺に等しい。
だが。
新しい魔力ポーションを開けつつ、レオンも立ち上がる。
「百人力の俺がいれば、たとえイオが半人前でも十分だろ?」
ごくごく。
と、彼はポーションを一気飲みすると、
「ベガより俺のほうが強いって証明するのに、うってつけの機会じゃねぇか! それに、ボスを討伐したとなれば、可愛いメイドさんに抱き着いてもらえるかも、えへへへへ……」
下心満載だけど、勇敢で男らしいレオン。
リーダーの視線は、静かに座る姉上へ移る。
「あんた、止めてやってくれ! 流石に死んじまうぞ!」
だが姉上は、背筋を伸ばしたまま上品に立ち上がった。
「本当は私も止めたいわよ。でも、冒険者なんてやってるせいか頑固なのよ、今のイオは」
……すみません、姉上。
「くそっ! あぁ、いいさ! 好きにしたらいい! 自分から死にに行けばいいんだ! 俺達は行かないぞ!」
だろうね。
なんとなく、来ないとは察していたよ。
「それじゃあ、ご武運を。必ず、倒してきますから」
僕ら《彗星と極光》は、ダンジョンの奥へと向かった。
無論、ダンジョンボスを討伐するために──




