21話 元、婚約者
帝国騎士団の騎士の一人は、僕の右腕を手に取り、
「《ヒール》。《リジェネ》」
傷口の治癒と、自然回復能力の上昇。
基本的な回復魔術の二つを行う。
「ありがとうございます。かなり楽になった気がします」
仮設テントの中。
僕は、帝国騎士団のヒーラーのかたに、治療されていた。
「本当なら、治療はここまでなんですけど……頑張ったご褒美です、内緒にしておいてくださいね」
騎士は、自分の指先を短剣で切ると、その手で杖を掴み、
「《フィットネシェア》」
魔術を詠唱。
騎士の指先から血が、糸のように出てきたかと思えば、僕の腕に突き刺さる。
ちくり、とした痛みを感じると同時。
騎士の血液が、身体に流れ込んでくる。
これで、治療は一通り終えたかな。
まだまだ全快には程遠いけど、右腕も動くようにはなった。
僕は頭を下げ、テントから出た。
外では、ベガがレオンを茶化している。
「それで、レオンは何をしてたのかな? ゴミ拾い? 草取り? どぶさらい? 流石だね。帝都に貢献しようというその心意気、感銘を受けたよ」
「アーチャーとウィザード、相手してたの俺だからな!?」
「相手してた、ねぇ? 私はファイターを、イオはタンクを倒したんだけどなぁ? んん~? もう一度、何をしていたか言ってもらえるかな?」
煽り散らかしてる……。
騎士学校の頃、レオンに何かされたんだろうか?
……っと、やることがあったんだ。
僕は二人の脇を、気が付かれないようこっそりと……あ。
ベガと目が合った。
だけど、彼女はウィンクしただけ。
僕がどこへ向かうか、察しているのだろう。
誰かに呼び止められることも無く、僕はそこへ行くことができた。
別の仮設テント。
その中だ。
「失礼するね……。いるかな?」
中には、二人がいた。
メイド服の姉上と、寝間着の元婚約者・テレーズ。
椅子に腰掛けている。
「……じゃあ、私はここで失礼するわね」
姉上は僕を見るなり腰を上げ、空気を読んで席を外した。
残されたのは、僕とテレーズ。
僕はとりあえず、姉上が座っていた椅子に腰掛けた。
「え、えっと……怪我は無い、かな? 心配というか、なんというか……」
「かすり傷だけだったから、ヒマリアさんが治してくれたわ……」
テレーズは妙にしおらしい。
彼女らしくない。
なんか妙に気まずく感じる……。
「……ねぇ、イオ」
「な、なにかな?」
「その……ありがとうね」
「いや、全然! 全っ然気にしなくていいから!」
とは言うけど。
人に感謝されて、正直嬉しい。
顔が自然と赤くなってくる。
そこへ、追い打ちのように、
「あと……カッコよかったよ、"僕は君を守る"って。英雄譚の騎士が、本から飛び出してきたみたいだった」
は、恥ずかしい……ィッ!
テレーズを助けることばかりに集中してたから、思わずそんな事を言ってたのか、少し前の僕!
今すぐ、のた打ち回りたい!
この場で「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」って、叫びたい!
「ふふっ、イオの顔、リンゴみたい」
「穴があったら入りたい……。今なら、ドラゴンの巣穴でもウェルカムだよ」
テント内の雰囲気が和らいだ。
本題は、ここからだ。
テレーズは、もじもじとしながら、
「それでね、イオ。その……私達の関係、元に戻らないかなぁー、って……」
「……」
まぁ、なんというか、都合の良い話だとは思う。
婚約破棄した張本人が、"婚約破棄を破棄"しようとしている。
でも別に、そこに対しての侮蔑は無い。
怒りも無い。
彼女は彼女なりに、自分が幸せになれる道を考えて、あの時ブレイズを選んだんだ。
言わば、『自分の未来を自由に選択した』だけ。
だから僕も、掲げた目標──未来に向けて進むだけだ。
「ごめんね、テレーズ。僕はもう決めたんだ、"君より良い婚約者を貰う"って」
僕はもう、昔の僕じゃない。
イオ・フィン・ランベルクではない。
ランベルク侯爵家の四男でもない。
僕はイオだ。
目標に向かって突き進む──ただのイオだ。
「……そうなの、残念ね。でも、虫のいい話だって、自分でも分かってたから」
テレーズは椅子から立ち上がる。
テントの出口に向かい、布をはらりと捲った。
「でも、諦めてないから。私、イオに見合う女になってみせるわ。次に会う時を、楽しみにしていてちょうだい」
そう言い残すと、彼女はテントを出て行った。
残り香のように、布の端がひらひらと揺れる。
「ベガも姉上もそうだけど、女性って強いよね……」
ひしひしとそう感じた。




