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19話 襲撃者1

 ──ざじゅッ!


 敵の胴体に、矢が突き刺さる。


「レオン、"思ったより"いい腕してるじゃないか!」


 その矢じり目掛けて、ベガは前蹴り。

 矢を身体の奥深くに突き込み、そのままの勢いで敵を蹴り飛ばす。


 後ろに控えていた別の敵と、ぶつかった。


「《マナウォール》」

「《爆裂魔弓》ッ!」


 矢が轟音と共に爆裂する。

 二人の敵は衝撃をもろに食らい、爆発四散した。


「これで、敵も残るは奥の奴らだけ……」


 ベガの眼前に張られた半透明の壁。

 そこに付着した血液越しに、五人の敵が見える。


 大盾を突き出すタンク。

 両手剣のファイター。

 弓を構えるアーチャー。

 片手剣と短杖のサポーター。

 長杖を手にしたウィザード。


 全員、手強そうだ。


 対し、こちらは二人。

 前衛を務めるベガと、後衛のレオン。


「おい、ベガ! 思ったより、ってなんだよ! 俺も強ぇんだぞ!」

「はいはい、自己主張ができて偉いでちゅねー」

「おまっ! 矢は前からだけ飛んでくると思う──」


 ──しゅんッ!


 風切り音。

 レオンが振り返ってみれば、背後に矢が飛び迫ってきていた。


「……え?」


 誰もいないはずの背後から、矢が飛んできたのだ。

 突然の事に、レオンは反応できていない。

 ベガも、レオンの身体が邪魔で矢の位置が確認できない。


 矢が刺さる──


 誰もが確信した。

 しかし、


 ぎぃんッ!


 金属音を鳴らして、進路を変える。

 あらぬ方向へと飛んで行き、そのうち見えなくなった。


 目を見張るレオン。

 彼と、飛んできていた矢の間には、


「待たせたね、二人とも」


 僕──イオが立っていた。

 それも、ブロードソードを振るった後の体勢で。


「い、イオ! 一度ならず二度までも俺を救ってくれるとは~!」


 レオンは僕に近づき……抱き締める!

 って、さすがに頬ずりはやめて!

 僕にそんな趣味は無いから……っ!


「二人とも、そんな事してる余裕は無いと思うよ」


 ベガの忠告の直後。

 僕らパーティーの背後から、再び矢が飛んでくる!


 だが、レオンは僕を抱き締めたまま横っ跳び。

 矢を容易に回避する。


「怪我は無いか、イオ!」

「うん、大丈夫。それより、矢が飛んできた理由だけど……」


 矢が飛んできた方向へ顔を向ける。


 空中に、『暗い穴』が開いていた。


 見間違いでも、幻影でもなく、それは紛れもなく穴。

 頭の中の知識が、それが何であるかを告げる。


 ──《ワームホール》。

 転移可能な"穴"を作る魔術だ。


 見れば、五人組のウィザードの前にも、同様の穴が開いている。

 そこへ、アーチャーが弓を構えている。


「本来は移動用のワームホールを、あえて攻撃用に用いてきたようだね。認めたくないけど、良い発想だ……」


 ベガの言っていた、"対人に重要な機転"は備わっているという事か……!


 しかも、《ワームホール》は上級魔術の更に上。

『特上級魔術』の一つ。


 冒険者や軍人どころか、騎士団ですら使用できる者は少ない。

 もちろん、魔術の才能に乏しい僕なんかが使える魔術じゃない。


 相手は手練れだ。

 そこへ駄目押しの、五体三という人数差。


「正直に言って、戦わずに、お引き取り願いたいね……」

「まったくもって同感だね。……イオ、逃げるという選択肢があること、忘れないでよ」

「それと、帝国騎士団が来るまでの時間稼ぎも」


 レオンの元から離れ、僕はベガの横に並ぶ。

 これで、前衛二人後衛一人の隊形。

 いや、正確には中衛二人に後衛一人か。


「《アクセラレート》」

「《アクセラレート》」


 僕は短杖を、ベガは短剣を、互いに向けて、詠唱。


「あはは。私たち、ペアルックの服を着るカップルみたいだね」

「こんな状況でも余裕そうに比喩が言えるところ、素直に羨ましいよ」


 僕ら二人は身構える。

 ベガが形成していた半透明の壁は、いつの間にか消えている。


 つまり、敵五人と僕ら三人の間には、なんの障壁も無いわけで──


「《爆裂魔弓》!」


 敵のアーチャーが、矢を放ってくる!


 レオンが使っていたのと同じ武技だ。

 あたれば爆発して、大怪我を負うだろう。

 だけど、


「卑怯者の矢なんざ、武技すら要らねぇよ」


 背後から、僕らの間を抜けるように矢が飛ぶ。

 それは向かってくる《爆裂魔弓》と、同じ高さ・横位置で──正面衝突。


 バァンッ!

 空中で、爆発が起こった。


 無論、僕にもベガにも手傷はない。


「どうだ、ベガ! 俺が強いって認めたろう! これが、実技試験七席卒業の実力だァ!」


 飛んでくる高速の矢に、レオンは自身の矢をぶつけたのだ。

 尋常じゃない正確性だ。

 それはベガも認めているのだろう。


「確かに、レオンの弓の正確性は同期随一だ。だけど、七席で誇らないで欲しいね」


 彼女は短剣を、石畳に投げ刺す。

 その柄頭の上に、足を置いた。


「いま一度見せてあげるよ、私がなぜ主席なのか。どれだけの技術を修めれば、主席になれるのかを」


 そう言い終わると同時。

 砂煙が割れる。


 というより、敵二人が"割って出てきた"。


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 敵は、大盾のタンクと両手剣のファイター。

 タンクは僕のほうへ、ファイターはベガのほうへ向かう。


 先に剣を交えたのは、ベガと敵ファイターだ。


 構えられたファイターの両手剣が、魔力を流されて褐色に輝く。


「《晨風》!」


 あえて片手を離し、レイピアのような片腕一本での突き。

 ベガは顔を傾け、それを難なく回避する。


 だが、この武技には続きがある。


「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」


 ファイターはそこから、片手の突きを五連発。

 全て、目標はベガの整った顔面。


 しかし、彼女は頭を動かすだけで、それらを全て避けきる。

 ふざけた動体視力と運動神経だ。


「くっ……!」


 表情を歪ませながらも、ファイターは剣を両手で握りなおした。


 次が武技《晨風》のラスト。

 両手に持ち直しての、全力の突きだ。


 ……この武技を考えた先人は、相当な実力者だったのだろう。


 両手剣から片手の突きが来るとは、あまり予想しない。

 そこへ不意を突かれ、実際にその後、剣で突かれる。


 しかもこの技は、全てが顔面、特に瞳への集中攻撃。

 威力は乏しいが素早い六連撃で、相手の視力を確実に奪うのだ。


 そして最後に。

 回避ができないであろう相手へ、全力の突き。

 そこで仕留める。


 ……実戦向きの、すさまじい武技だ。

 だけど。


 かすり傷すら無いベガには、最後の強力な一撃は、隙以外の何物でもない。


 ──しゅんッ!


 ベガは最後の突きも躱し、にやりと笑った。


「君たちのサポーターの《アクセラレート》より、イオの《アクセラレート》のほうが優秀なんだよね」


 紫色に輝きだすベガの片手剣。

 彼女は、低く構えた。


「《風雨》」


 右斜め下からの、鋭い斬り上げ。

 続けざまに、右斜め上からの激しい斬り下ろし。

 "X"を刻むような二連撃に、


「ぐおうッ!」


 ファイターの鎧が弾け飛ぶ。

 と、同時に。

 彼の身体は、後方に弾かれた。


「いや、あいつの手元には杖は無い! 魔術の追撃はないだろうから、このまま一旦距離を取って……ッ!」


 その衝撃に抵抗することなく、後方へと飛ばされ、距離を取ろうとするファイター。

 しかし、


「《バインド:ストーン》」


 盛り上がった石畳が、彼の足に絡みついた。


「あれ? 距離を取るんじゃなかったっけ?」


 白々しいベガは、"石畳に突き刺した短剣"から足を離した。

 剣撃による威力を増そうと、深く踏み込み、


「《暴雨》」


 横一閃。

 瞬時、振りかぶって縦一閃──


「あがッ……が、ぁ……」


 ファイターは十字に鮮血を噴き出しながら、

 どさり。

 後ろに倒れた。


 ……流石はベガだ。

 反射神経、読み、武技、魔術、機転。

 その全てが、人智を逸している。


 僕も、負けていられないッ!

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