表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/45

18話 救出

 もちろん、テレーズの部屋は覚えている。

 三階の突き当りだ。


 僕はそこに着くなり、ノックも無しに扉を開けた。


「テレーズ、いる!」


 そう叫ぶと、答えはすぐに返ってきた。


「いるわよ。ふぁ~……」


 眠そうに欠伸を漏らすテレーズ。

 起きたばかりなのか、寝間着姿だ。

 鏡に向かって、金の髪を梳いている。


 彼女は振り向きもせず。

 鏡に移る僕に目を合わせる。


「……逆に聞くけど、"元"婚約者のイオがなんでいるの? 下が騒がしいのと、何か関係があるの?」

「大アリだよ! でも、それを話す余裕は無い! いいから逃げよう、テレーズ!」


 しかしテレーズは動かない。

 敵の襲撃よりも、寝癖を気にしている。


 彼女は、中貴族の出身。

 しかも、ごく普通の令嬢だ。


 小貴族のように、身を粉にして働いたことはない。

 大貴族のように、命を狙われることはない。

 僕やベガのように、冒険者の道を選んだわけでもない。


 危険とは程遠い人生を歩んできた。

 事態が理解できていないのも、仕方のないことだ。

 なら……。


 僕は無言で彼女に近づき、その肩を掴んだ。


「失礼するよ、テレーズ」


 そのまま肩を引き寄せ、足を持ち上げ──お姫様抱っこ。


 冒険者として鍛えた身体で、テレーズを軽々と抱え上げた。


「……えっ? い、イオ……やっ、ちょっと急にどうしたの……?」


 唐突にお姫様抱っこされ、状況が飲み込めていないのだろう。

 困惑気味のテレーズ。


 僕は彼女の瞳をじっと見つめ、


「僕は君を守る。それ以外は何一つ分からなくてもいい。だけど、それだけは信じて」


 と、告げると同時。


「……《エクスプロードエレメント》」


 階下から、詠唱が聞こえた。


 無論、その魔術が何であるか僕には分かる。

 "大気を爆発しやすいものに変換する"魔術だ。


 それ自体には、あまり意味は無い。

 だけど、火をそこに放つと大爆発が起きる。


 その魔術の詠唱が階下で聞こえたって事は……


「家ごと爆破するつもりか……」


 これじゃあ、階下には逃げられない……!

 一階へ降りて玄関から脱出するより先に、爆発に巻き込まれる!


 なら、どうすれば。

 答えは一つしかない。


「テレーズ、掴まってて」

「え、えぇ……!」


 彼女は僕の首に腕を回す。


「もっと強く」

「わ、分かったわ、イオ……っ!」


 目を瞑るテレーズ。

 これでもか、と言わんばかりの力で僕を抱き締める。


 胸の柔らかい感触が押し当てられるけど……そんな事を気にする余裕はない。


「《ウィンド》」


 僕は風魔術で窓を開くと……そこへ駆けた!


 覚悟を決める。

 テレーズをしっかりと抱き寄せる。

 奥歯を噛む。


 そうしてサッシに足を掛け、窓から外へと跳び出た──


「《ファイア》」


 直後、背後で大爆発。

 内側から破裂したように、家は吹き飛ぶ。


 ギリギリのところで、僕は窓から脱出することに成功した。


 だが、熱風が背を焦がす。

 叫びたいほど熱い。

 飛び散ったレンガが刺さる。

 泣きそうなほど痛い。


 だけど、テレーズは無事だ。

 祈るように目を瞑っている。


「第一関門は突破……ッ! 問題は、ここから……」


 ぶわりっ!

 浮遊感。

 内臓が持ち上げられたような感覚がする。


 下を見れば、石畳が遠い。

 当然だ。

 三階から跳び出したのだから。


 さて、問題はここからだ。


 おそらくだが、僕の両脚の骨は粉々になる。

 三階から落下して、無事なはずがない。


 着地と同時に回転し、衝撃を和らげることはできない。

 それは、テレーズが傷つく。


 風魔法も無理。

 相当に繊細な魔術操作でないと、僕がバランスを崩すだけ。

 そうなると、今度は頭から地面に突っ込みかねない。


「やっぱり、両脚を犠牲にするしかないか……っ!」


 突入前に掛けた《プロテクテイク》の効果が、まだ残っているだろう。

 足は犠牲になるが、そこまでだ。

 別に死にやしない。


 足二本でテレーズが助けられるなら、安い買い物だッ!


 そう信じ、僕は腹をくくった。

 だが直後。


 どぼんッ!

 僕とテレーズの全身は水に包まれた。

 否、水の中に突っ込んだのだ。


「ごぽぽ……ッ」


 水のクッションによって、落下の衝撃が緩和された。

 僕の足は砕けることなく、優しく地面に着地した。


 どうやら僕とテレーズは、巨大な水の球の中に跳び込んだようだ。

 とは言え、僕が窓から跳んだ時にはまだ無かった。


 つまり、誰かがこの水の球を作ってくれたのだ。

 そう考えたと同時。


 ばしゃァんッ!

 水は球は崩壊し、石畳に広がる。


 ずぶ濡れの状態で、立ち尽くす僕。

 同じくずぶ濡れで、お姫様抱っこされたテレーズ。

 僕らの目の前では、


「怪我は無いかしら? イオ、それと……"元"婚約者さん」


 買い物袋を持った"姉上"が、短杖を振っていた。


「あ、姉上!? ど、どうしてここにっ!?」

「お買い物に街を歩いてたら、法定速度を越えたリザードが走っていてね。誰が乗っているんだろう、って見たら、イオだったから心配になって追いかけてきたのよ」


 と言いながら姉上は、僕の背後へ回った。

 眉根を寄せると、短杖を傷口に構える。


「《ヒール》。……イオ、休んでいなさい」


 自分では見えなかったけど、そんなにも酷い傷だったんだろうか。


「治してくれてありがとう、姉上。……テレーズを頼めますか?」


 僕はテレーズを地面に降ろした。


「聞こえなかったのかしら、イオ? 休んでいなさい」

「……それじゃあ、僕はベガとレオンの援護に行ってきますね」


 テレーズを任せ、僕は歩き出す。


 視線は先は当然、崩れた家の向こう。

 瓦礫の散らばった裏路地で、戦闘が繰り広げられている。


「これ以上忠告しても無駄そうね。まったく、冒険者なんてやってるから、そんなにも頑固になるのよ」

「すみません、姉上」

「帰ったら、嫌というほど説教するわ。……絶対に帰りなさいよ」

「はい」


 左手は短杖を握り締め。

 右手でブロードソードを抜き。


「《アクセラレート》」


 瓦礫の山を走り出したッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ