1話 パーティーからの追放
クリムゾンミノタウロス──
体長は三メートルをゆうに越して体格は筋骨隆々の、魔物である。
人間の身体に牛の頭を縫いつけたような、不思議な生き物ミノタウロス。クリムゾンミノタウロスは、その強化版とでも言うべきか。
物珍しい深紅の毛皮は商人や貴族に高価で取引され、よく引き締まった肉は、金持ちや美食家の舌の琴線に触れる。
こいつ一体倒すだけで、平民なら数か月は遊んで暮らせる。
しかし同時に、危険な魔物でもある。
ぎィん──ッ!
クリムゾンミノタウロスが振り下ろした大鉈と、それを防いだ大盾が甲高い金属音を打ち鳴らす。
鼓膜が千切れそうだ。
今すぐにでも耳を手で覆いたい。
しかし"それだけの破壊力を有した一撃を防いでくれた"という事。
無駄にできないっ!
僕は大盾を構えた仲間の前に躍り出て、抜刀。
引き抜いたブロードソードで、クリムゾンミノタウロスの手首を的確に切り裂く。
「UGOOOOOOおOOOOOOOO──ッ!」
クリムゾンミノタウロスは雄叫びを上げ、怒りのままに左拳を振り下ろした。
地面にめり込む拳。
めくれ上がる大地。
砂埃が晴れてみれば──そこに僕はいない。
「《アクセラレート》っ!」
速度上昇の支援魔術を自らにかけ、素早く飛び退ったのだ。
空中で手元を確認してみると、右手にはブロードソード、左手には短い木の杖。
落としていないし、目立った傷も無い。
「リエン、反撃を!」
「言われなくてもっ!」
僕は着地し、左手の杖を前に突き出す。
真横を、小さな少女が駆け抜けた。
身の丈以上ある大剣を背負った、エルフである。
巨体のクリムゾンミノタウロスの足元へ、一切の恐怖なく走り迫る彼女の背に、
「《ストレングロース》!」
筋力強化の支援魔術をかける。
すると彼女は跳び上がるや、背負った大剣の柄を握る。
大剣が魔力を流され、黄金色に輝いた。
「《朝暉》ッ!」
振り下ろされたクリムゾンミノタウロスの手首へと、垂直に斬り下ろす。
ばづんッ!
大剣は地面にまで到達し、クリムゾンミノタウロスの巨大な拳は宙を舞う。
筋力強化の魔術と、威力上昇の武技。
その重ね掛けは凄まじく、肉のみならず骨まで断っている。
「BUUUMOOOOOOOOOOOOッ!!」
だが、大鉈を手にした右腕は残ったまま。
クリムゾンミノタウロスは少女を叩き潰そうと右腕を振りかぶった──が、掌から大鉈が滑り落ちる。
僕に手首の健を切られたせいで、思うように力が入らなかったのだ。
目を見開いて驚き、凝然としてしまうクリムゾンミノタウロス。
この瞬間、僕らの勝利は確定した。
「《ジェネレイト:オイル》!」
僕はブロードソードの刀身を横にし、その上に杖の先を滑らせる。
ただでさえ煌めく鋼が、油に塗れて更に煌めく。
そして油の垂れる剣を構え──投擲。
回転するブロードソードは油を撒き散らしがらも直進し、突き刺さる。
巨牛の首筋へと。
命中した。
勝った!
「《ペイルフレイム》」
最後尾にいた魔術師が、長い杖の先から蒼い火球を放つ。
その火球は僕と大盾の間を通り抜け、クリムゾンミノタウロスの頭部に接触。
すぐさま油に引火し、一瞬にして猛炎が膨れ上がる。
「BUMOO! BUMOOO! MOOOOOOOOOOOOOOO──ッ!!」
炎に包まれた顔面を掻きむしるようにして悶えていた魔物だったが、
どざぁッ。
ついには膝から崩れ落ち、力尽きて動かなくなった。
◇◇◇
「「「乾杯!」」」
五つのジョッキが打ち鳴らされる。
乾杯の直後、僕はジョッキを一息に呷った。
「ごくごくごく……ぷはぁ~……」
一仕事終えたあとの一杯は最高だ。全身に染み渡る。
ま、中身はブドウジュースなんだけどね。
「たった四人、それもほとんど怪我無くクリムゾンミノタウロスを討伐するなんて……将来、冒険者ギルドの重要な一翼を担うことは間違いないわね」
食事を共にするギルドの職員さんが、記録用紙を見ながら微笑んだ。
僕達四人の活躍に、将来を嘱望してくれているらしい。
ありがたい限りだ。
彼女はエール片手に羽根ペンを取り、紙の上にすらすらと走らせる。
ちらっとそれを見てみると、僕たちパーティーの情報が事細かに記されていた。
クラン・宵の明星。パーティー・四名。
ブレイズ……タンク。レベル31。
リエン……ファイター。レベル33。
イオ……サポーター。レベル20。
ライヤ……ウィザード。レベル29。
その下には、今回の冒険で討伐した魔物の種類やら数やらが続いている。
僕達の年齢や技能、経験などから考えてみれば、とてつもない戦果だ。
夢や期待も膨らむ。
僕はみんなの顔を見ながら、笑った。
「このパーティーなら、いずれクランのトップパーティーになることも夢じゃないし、もしかしたらギルドのトップパーティーになることだって不可能じゃないかもね」
「そのことなんだが、イオ……」
大盾を背負ったパーティーリーダー、ブレイズが重々しく口を開いた。
「──このパーティーから抜けてくれないか」
一瞬、時間が止まった。
ブレイズの発言を簡単には呑み込めなかった。
それだけ衝撃的だったのだ。
数秒の時間をかけてようやく理解すると、僕の口から出たのは抗議だった。
「待ってよ、ブレイズ! 僕たち、騎士学校時代からの仲間だよね! ついこのあいだ騎士学校も卒業して、これからって時なのに!」
「だからなんだよ」
ブレイズはジョッキを机に置くと、対面の僕を睨み付ける。
「俺たちには"これから"がある。このまま順風満帆に経験を積めば、クラン内のトップパーティーは確実だ。だからこそ……ギルドのトップパーティーの地位も、手の届かない高みにあるわけじゃない」
言いたいことは分かるよな? と、無言の視線で伝えてくるブレイズ。
違う、と否定される一縷の望みを信じて、僕は口にした。
「つ、つまり……出世街道の足を引っ張る前にパーティーを抜けろ、と?」
しかし現実は非情だ。
「そうだ。飲み込みが早くて助かる」
ブレイズの口から発されたのは、肯定だった。
「確かにレベルは一人だけ低いかもしれないけど! それでも、みんなの役に立とうと僕だって頑張ってきたんだよ! ね、ねぇ?」
僕の努力を認めてくれる人はいないかと周囲を見回すが……無言。
ギルドの職員は、規約によってクランやパーティーの事情には介入できない。申し訳なさそうに顔を逸らす。
ヴィザードのライヤは、なぜか喜ばしげ。腕を組み、「ふんっ」と鼻を鳴らす。
ファイターのリエンに至っては、机に突っ伏して寝ている。
……誰も、誰も僕を引き留めてはくれない。
必要とされていないからだ。
「今日が最後の仕事だ。……明日から顔を見せるなよ」
脅すようなブレイズの低い声音に、僕は席を立った。
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