起床と少女一人
長い眠りから覚めると、知らない地面に横たわっていること、そして、自分よりも若い、長い髪の少女が私を見下ろしていることに気づいた。
「わっ」と驚き即座に立ち上がろうとすると、その少女は、
「おはよう、起きた?」
となおも少し興奮気味に聞いてきたのだった
その声をよそに、あたりを見渡すと、住んでいるところでは見られないであろう舗装されていない草原が広がっていた。そして、空はみたこともないほど赤く染まっていた。
「ここは自殺した人が来る場所、蕩尽の街だよ。今日は一日中空が赤く光る赫夜だから、自殺した人がこの街にやってくるの。あなたにも何かがあって自殺したんだろうね。でも、自殺をした時の記憶はないんだ。あくまで自殺する前の記憶までしかないと思うよ」
「急にそんなこと言われても実感ないよ、でも確かにこんな風景は見たことないし…」
「もちろん。ここは前に住んでいた場所とは違う街だからね。あっ、自殺をしたかどうかについて訝ってるなら、自分の過去を思い出してみてよ、自殺した時の記憶はないにしても、自殺しそうな人生だったか、まではわかるんじゃない?」
そう言われてみると、確かにここにどうやって来たかの記憶はないが、嫌なことがとてもあって逃げ出したいと思っていたことは事実だった。もしかしたらこの少女の言っていることは正しいのかもしれない。覚えてないがゆえに証明はできないけど。それに、理由はどうあれ、ここが元の世界じゃないのなら、それ程嬉しいことはない。なにせ、私はあの世界がとても、とても憎かったから。学校や、親や、将来や、恋愛や…
あまり思い出すのはやめよう。いい思い出があるのなら私は自殺していないのだから。
「私についてきて」と彼女は言って、私の手を引っ張った。どうやらこの世界を案内してくれるみたいだった。
「あなたは誰なの?」
「私の名前はコスモと言っても、これは本当の名前じゃなくて田島さんにつけてもらったの」
「田島さんって誰?」
「この世界で水を司ってる人だよ。蕩尽の街は四人の元素と呼ばれる人がいて、その人たちがこの街を支えてるの。明日、会わせてあげるね」
四人の元素、か。この街は住んでいる場所が違うだけではなく、街を形成しているものすら違うようだった。
連れられて数分が立つと、にぎやかな人の声が聞こえた。どうやら私がいた場所は街のはずれだったらしい。その声に近づいていくと、そこには住宅街が並び、その前で人が屋台をやっているのがわかった。
「へぇ、この街では住民が屋台をやってるんだ。なんか、大きい店とかないの?デパートとかスーパーとかさ」
「この街は電気がないから難しいんだよ。それに、通貨もないから、同じ家に住んでいない人と一緒に何か働いたりするっていうのはあんまりしないかな。ときに、品薄だったり、ある事情で人手が足りなかった時には少し助けに入ったりはするけどね」
「えっ通貨がないの?じゃあどうやって売買するの?」
「売買もしないよ。一家に一つ、ある食料品や生活必需品を作ってそれを屋台に出すの。そして、通りすがった人はそれを自分たちが必要な分だけ持っていく。ほかの人にまで物が渡らなかったら困るから、とりすぎないようにね。そしてこの屋台は週休二日制だから、休みの日は屋台の人から物品をもらって、働く日は通りすがりの人に物品を渡す作業をするの」
これは本当に元いた世界と違うんだな。一緒なのは家の街並みくらだ。
「でも、それって一日で作れる人はいいけど、野菜とかだったら結構なら歳月かかるし
成立しなくない?」
「大丈夫だよ、この世界の野菜は種をまいたら一日で育つから」
便利な世界すぎる。でも、きっと言っていることは正しいのだろう。この少女の目は信用できる目って感じがする。こう思えてしまうのも、きっとこの少女も自殺した人間だからなのだと思う。汚れのないまっすぐな瞳だった。
「そういえばあなたの名前を聞いてなかったんだけど、なんていうの?」
「あぁ、ごめん言ってなかったね。私の名前は大島留美。留美って呼んでくれればいいよ」
「わかった。よろしくね、留美」
久しぶりに悪口以外で名前を呼ばれた気がする。
「ここが、私の家だよ。今日から私と一緒に生活してもらうから」
そこにはコスモの家らしき普通の家が建っていた。
なるほど、一緒に住むつもりだったから私の手を引いたのか。
「ここに家は三百件しかないから、新しく入ってきた人を全員空き家に住まわせるっていうのが難しくて、一緒に誰かと住んでもらう人が必要なの」
そういった話だったので、私はコスモと一緒に住むことになった。私より背の低いそしてかわいい年下の女の子と一緒に暮らすのは楽しそうだと思った。女子の友達も男子の友達もいなかった私にとって、そういった友達イベントみたいなものは憧れていなかったと言えば嘘になる。
というかずっとしたかった。
家の中に入って、私たちは少し話をした。いわゆるガールズトークというやつだ。とても楽しかった。
ただ、もうそろそろ寝る時間のような気がした。眠気がしてきたのだ。
「そういえば、ずっと赫夜で明るいんだけど、これっていつ寝ればいいの?」
「うーん基本的にはいつでも、自分が寝たいときに寝るって感じなんだけど、やっぱり落ち着かないよね」
コスモは左手首につけていたものを服をめくって見せてくれた。それは、プラスチックケースに入ったオレンジ色の羽をもつ虫だった。
「えぇなにこれ怖い、気持ち悪い」
見せてくれたのにも関わらず、虫が苦手な私はつい反射でのけぞってしまった。
「あぁ、ごめんね。虫嫌いだったか」
静かに頷く。
こんなに整備されてない土地だったら虫いることは想定できるけど、まさか見せられるとは思っていなかったために、余計に驚いてしまった。
「この虫はね、オレンジメヤスっていう虫なんだ。この虫は時間を教えてくれるの。羽の色が零時になるとオレンジになるんだ。でも、この虫で時間を図ろうとしてるのは私だけなんだ。だって、この街には時間に縛られてないからね。縄文時代みたいに、朝起きて暗くなったら寝るって生活ができる場所だし」
「じゃあなんでこんな虫を腕につけてるの?」
「私はどうしても時間が気になっちゃうからだよ。それに、留美だって今時間聞いてきたじゃん」
まぁ、確かに。それはそうだった。
「それに、この虫はお姉ちゃんが作ってくれた虫だしね」
「お姉ちゃんって?」
「あぁ、それは第四元素の…」
そのとき、爆発音がした。
すぐさま家を出て確認すると、住民のだれも驚いているような様はなかったし、そもそも爆発をしたような感じも見られなかった。慌てているのは自分ただ一人みたいだった。
「あれ?さっき爆発音したよね?今の何だったの?」
「そうか、知らないんだもんね。あれは人を好きになると爆発するようになっているの」
人を好きになると爆発する?
思わず復唱してしまった。
「そう。この街ではどういうわけか、好き同紙になったり、誰かと蜜月な接触をすると爆発して死んでいくの。まぁ死ぬっていうよりは、前の世界に胎児になって戻るっていうほうが正しいんだけど」
「だから、この街には定期的に人口が減っていくんだ。だから今残ってる人は、赫夜でやってきた人か、恋愛に縁遠かった人ってわけ。昨日も爆発してたしね。でも、ここには娯楽はないし恋愛をしてしまうっていうのも理解できる話なんだけどね。だから留美はしないほうがいいよ」
もう何があってもおかしくないと思ったので、すぐに信用した。誰かを好きになったり愛したりすることはないだろうから、私にはありえないことだけど、死んだ人があの現実でうまくいくことを願うばかりだ。
「じゃあ、友人として仲良くしてた人が死んじゃったりってことがコスモにはあったんじゃないの?」
「私は…ないよ。あんまり人と仲良くしてない、というかあんまり人と仲良くできない人なんだ。だから留美ちゃんが来てくれてうれしいよ。留美ちゃんとなら仲良くできそうだし」
そう言ってくれたのはうれしかったけど、最初の否定するときに少し間があったのが気になった。少し顔も暗くなったような気がしたし。まるで、いつかそんな時があったような、まぁあまり詮索するのも野暮だとは思うのでやめよう。
恋愛か。そんな面倒なことしなきゃいいのに。
そう思いつつ、今日は寝ることにした。