その12。
ルカが僕に会いに来たことは、午後の休憩時の話題になった。
「それ、やばいやつじゃん」
同期のYが言う。
「でも、僕に会ってどうするんだろう」
「ほら、よくいるでしょ、優しくされるとすぐ好きになっちゃう人、そういうのじゃない?」
同僚のKが言った。
「僕?別に優しくしてないけど」
マニュアルに沿ってどのお客様にも平等に親切に対応しているのに、中にはその親切が自分だけに対する特別なものだと勘違いする人間もいるのは確かだ。
「思い込みが激しいタイプじゃないの。絶対会っちゃダメだよ。今度は君がストーカーされるよ」
僕もそんな気がした。
僕は、最初の申込の時に私見を伝えたことをものすごく後悔した。
課長の心配通り、夕方になって「Fー90713A」という件名のメールが届いた。差出人の名は見るまでもない。
「以前ご相談した時に、記憶を消しても愛は残る、人間の愛は永遠かということに興味があるとおっしゃっていましたが、御社に断られて私には記憶を消すことができなくなりました。どうしたらいいか、相談にのっていただきたいのです。一度お会いしてお話ししたいのですが、今日の夜、ご都合いかがでしょうか」
僕はちょっとイラっとした。
言葉は丁寧だが、会って相談に乗って欲しいのは自分なのに、まるで僕のほうが興味があって会いたがっているかのような口ぶりだ。
確かに僕は、好奇心から彼女に興味を持ったけれど、それは運命の愛が存在するかについてのものであって、彼女に対するものではない。冷酷なようだが、彼女の運命の愛の証明が不可能となった今、僕には彼女と話す理由がないのだ。
それに僕は、お客様のルカに対して業務の一環として相談に乗っただけだ。相談ならば、見ず知らずの僕でなく家族や友人にすればいい。もう彼女は我が社のお客様ではないのだから。
僕は公私混同する人間が苦手だ。自分自身、仕事とプライベートをきっちり分けるタイプだからかもしれないが、仕事上の関係をそのままプライベートに当てはめようとする人間とは一線を引きたいと思っている。
一瞬でも私情に流され、彼女に付け入る隙を与えてしまったことは僕のミスだ。
僕が以前ルカに対して抱いた興味は一気に消し飛んだ。彼女の言う運命の愛すらも薄っぺらいものに変わった。
僕は、送られてきたメールと、マニュアルに沿って書いたメールの下書きを課長に見せた。
今までも、クレーマー紛いのお客様が社員に会いたがるケースがあり、その対応もマニュアルに記載されている。感情的なことは一切入れず、冷静に事務的な拒絶の返答をする。
課長からオーケーが出て、僕はその下書きをルカに返信した。
その直後、総務からメッセージが来た。
今後、ルカから連絡が来たら、返信せずにそのまま総務へ回すようにとの指示だ。場合によっては、法的手段を取るケースになるかもしれないからだそうだ。
今度こそ、僕は、本当にルカと一切関わらないこととなったのだが、モヤモヤした気持ちが残る。
そうだ、今日も帰る前にカウンセリング室に寄って短時間コースを受けよう。
もう、ルカのことは気にしない。
それが正しいと僕は思った。
その後、ルカからの連絡は二度となかったらしい。
悲しい記憶を消すことが正しいことなのかどうか、僕は今でもわからない。
この先その答えがわかるとも思わない。
それでもこの仕事を毎日続けていく。(了)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
急いで書いたので書ききれなかったことがあり、いずれ続編を書くかもしれません。




