その10。
「社長の忘れたいことってなんなんでしょうね」
昼休みの社食で、いつもの世間話のように同僚のKが言った。
「そんなもん、知ったところでどうなるの」
S先輩がうどんをすすりながら言った。
「え、いや、何となく」
「本人が忘れたいことを他人の私たちが知る必要ってある?」
「ううん」
「誰だって忘れたいことの一つや二つあるんだから、他人のそれを知ったとしても、本人が忘れたいことなんだから、周りの人は忘れてあげるのが優しさってもんじゃない?」
僕はそれらのやり取りを聞きながら、別のことを考えていた。
先日、中学時代の同窓会があった。
担任の先生も招いたのだが、ご家族から「認知症になったので欠席したい」と返事が来た。
ある同級生の女性は「私も祖父が認知症だけど、歳を取って忘れていくのって、次に生まれ変わる準備を始めているんじゃないかと思うのよ」と言った。
僕は同意できなかった。
若年性認知症という病気もあるし、人が生まれ変わるのかどうかも確信が持てないからだ。
「彼女、宗教団体に入っているらしいよ」
後で友人がこそっと言った。
僕は、他人がどのような宗教を信じようと気にしていない。その人の救いになるのならそれでいいと思う。
ただ、僕自身は何の宗教も信じていないし、個々が求める救いはそれぞれ違うから、ひとつの宗教がすべての人に当てはまるとは思っていない。
僕はふと、ルカのことを思い出した。
彼女も生まれ変わりを信じていたのだろうか。




