雪の魔女のおくりもの
森の中にたいくつしている魔女がいました。彼女は、何百年もの時を生きる強い力の持ち主でいた。そのために、いつも穏やかな日々を過ごしていました
あるとき、魔女は大好きなお茶を作るために薬草を摘みに外に出ました。森の中を歩いていきます。いつもは出会える蜘蛛の子やトカゲには出会えません。どうしてでしょうか、魔女は首を傾げます。何もいない森は信じられないほど静かでした。見渡すと地面が白くなっていました
「困ったわね。森に薬草が生えていないわ。どうしてかしら?」
「それは、冬が来たからですよ」
魔女が後ろを振り返ると、そこには一匹のウサギがいました。ウサギは真っ白な体をして、鼻をひくひくさせています
「あら、あなたも魔女なのかしら。冬は私以外いないもの。きっとそうよね」
「姿が、ウサギだから魔女というよりは魔物だけどね。でも、君風に言うのなら雪の魔女さ」
「雪、ああそうね。こ白いのは雪だったわね。忘れていたわ。雪の魔女さんありがとう」
うさぎは、照れたのか雪の上を転げまわりました。白い体に雪がついてキラキラと輝きます。魔女はキラキラとしたものに触れてみます
「わぁ、雪を手で触ったら冷たくててしもやけになってしまうよ」
「冷たい?雪は冷たいのね。心配してくれてありがとう。でも、私は痛みや温度を感じないの」
「そうなのか。薄着をしているから大丈夫かと思ったけどそう言う事なのか」
ウサギは納得したように鼻を動かした
「それじゃあね。私は家に戻るわ」
「じゃあね」
魔女は、ウサギを置いて家へと帰りました。雪のせいで、いつも静かな森がさらに静かになったような感じます。魔女は、窓の外をずっと見てました
「また会ったわね。雪の魔女さん」
「君は、もともとここを目指してきていたのだろ。ほら、手がこんなに冷たくなっている」
空から、冷たい雪が降っている中魔女は出かけました。こんなに寒くては薬草を摘むことはできません。魔女は雪の魔女の前に座りました。ウサギは魔女の膝の上に乗っかります。お友達の蜘蛛やトカゲよりも大きな重みを感じます
「きっと、あなたは温かいのでしょうね。私がもう感じることもなくなったけれど、また感じてみたいわね」
魔女が雪の魔女を撫でると気持ちよさそうに目を閉じたウサギが目を開けました。首を動かして魔女を見ます
「ねえ、上を見上げてみてよ」
「何かしら」
上を見上げた魔女は息をのみました。雪が空から落ちてくるのです。灰色のそれはむらなく広がっている。そこから絶え間なく雪がこぼれてくるのです。一つを目で追い終わるとまた一つ降りてくる。その空に吸い込まれるような気がしたのです
「貴方は、あの雲の上から来たの?」
「そうだよ。この場所に冬と雪を呼ぶのが役目なんだ。役目を果たすと、神様からご褒美をもらえるんだ。たのしみだな」
「それは、良いわね。さて、私は今日は帰るわね」
魔女は、一人で静かな森を歩きました。上を見ながら歩いていたのでつまずいてしまいます。雪の上へと転びましたが、痛くはありません。魔女は立ち上がりますが、少し足が動きにくいのです
「大丈夫かい?」
「雪の魔女さん、恥ずかしいところを見られてしまったわね。忘れてちょうだい」
「家まで付き添ってあげるよ。一人で歩く道よりは明るいと思うよ」
二人は、仲良く魔女の家まで歩きました。いろんな話をしました。魔女の大好きな薬草のこと、ウサギの大好きな雲のこと。魔女の家までつくと、魔女は入るように促しますが、ウサギは断ってしまいました
「じゃあね」
「それじゃあね」
二人は、別れを交わして、自分の帰る場所へと進みました。それから、何日も魔女と雪の魔女は一緒に過ごしました
「雪の魔女さんは痛みを感じるの?」
「感じるよ、冬眠しなかった熊は怖いものだよ。魔女さんも一飲みしてしまうくらいおおきくてお腹を空かせているんだ」
「冬眠しない熊は怖いわね」
たわいもない話をしながら、雪の空を見上げたり。雪をまとめて人形を作ったりしました。雪をまとめてお家を作ったりもしました。中で飲むのはお茶ではなくてただの水でしたが魔女は満足でした。うさぎはその様子を外から満足そうに見ていました
ある日、魔女が外に出ると眩しさにおどろきました。なんと、太陽が出ていたのです。ずっと雪が降っていたので久しぶりの太陽でした。キラキラ光る白い美しさに魔女の心は跳ねました。すぐにうさぎと共有したいと走りました
「ねえ、雪の魔女さん」
うさぎをみつけて魔女は嬉しそうに駆け寄りました。けれど、ウサギはそっぽを向いて反応しません。怪我をしたのではないと魔女は駆け寄りました
「雪の魔女さん。どうしたの?怪我でもしたのかしら。それなら、すぐに薬を持ってくるわ」
「…………ああ、違うよ。魔女さん。目がいたくなるくらい眩しい太陽を見ていたかったんだ」
うさぎのめは強い光に照らされてキラキラ光りました。魔女はウサギが怪我していないこと安心して空へと顔を向けました。森の木々の間から見える太陽は、どこまでも眩しかったのです
「雪の魔女さん。綺麗だわね。ずっと見ていたいわ」
「そうだね。見ていたかったよ」
その日も、眩しい太陽の下で二人は遊びました、たくさん、たくさん遊びました。魔女は、太陽が沈んでしまうのを見て残念に思いながらうさぎに挨拶をします
「また明日ね。雪の魔女さん」
「うん、また明日」
魔女は明日何をしようと家に帰りました。魔女は次の日、外に出てあまりの眩しさに目を閉じました。今日も太陽が出ていたのです。魔女は心を弾ませて森を駆けだします。何とあちこちに魔女の大好きな薬草が生えていました。魔女はこの喜びを雪の魔女と共有したかったのです
「雪の魔女さん。あら、どこのもいないわね」
「誰を探しているんだい。時の魔女」
「あら、トカゲさんに蜘蛛さん。ここらへんで真っ白いウサギがいなかったかしら?」
「何を言っているんだい。真っ白なウサギがいるわけないですよ。ウサギは普通茶色です」
その言葉で魔女の心臓は跳ねあがりました。昨日までいたのですからそんなはずはありません。ウサギはどこに行ってしまったのでしょうか。魔女は一所懸命探しますがどこにもいません。魔女は悲しくなって泣いてしまいました
「温かい」
魔女は、顔を覆った自分の手を見つめます。涙は温かいのです。でも、それを知ることができるのはおかしいのです。魔女は、痛みや温度を知りません。
「こんにちは、魔女さん」
「あなたは」
魔女が振り返ると茶色のウサギがいました。鼻をひくひくさせて魔女を見つめています。足元には、柔らかそうな萌黄色の薬草が生えています。
「花咲の使いです。雪の使いが言ってたのはあなたのことですね」
「雪の使い」
「ええ、あの子があなたに遺した言葉があります。自分のことを忘れてと」
魔女は、目を閉じました。胸の奥からじんわりと痛みが広がっていきます。魔女が目を開けて空を見上げると、澄んだ青色が広がっていました。その青色は、徐々にゆがんでいきます
「言伝は、届けましたからね」
魔女は、雪の使いが雪の魔女さんということが分かってしまいました。忘れてほしいなんてなんと身勝手な伝言なのでしょう
「忘れるなんてできるわけないでしょう」
魔女は、若草色の草を踏みしめて歩きます。目からは、ぽろぽろと涙がこぼれてきます
「魔女さん。どうしたの。何で泣いているの」
「ムカデ。胸が痛くて仕方ないの。そんな痛みはずっと感じて無かったのに。どうしたらいいかわからないの」
「どうして痛いの?」
魔女は、どうして痛いのか考えます。痛いという感覚を取り戻してしまったからかもしれません。痛みがなければ、痛くはありません。魔女は、穴が開いてしまったかのような胸に手を当てます
「雪の魔女さんが居なくなったから」
「大切な人が居なくなったからなんだね」
「大切な。うん、とても大切な」
「それなら、時間が癒してくれるよ。待つと良い。ずっと、ずっと、待つんだ」
魔女は、また涙を流しそうになりました。こんなに重いものを時間というあいまいなものに任せなければならないのでしょうか。魔女は、痛みを抱えながら上の空で過ごしました。
「魔女さん。大丈夫?」
大丈夫ではありません。魔女はずっと、青色の空に焦がれるような目を向けます。灰色の空はしばらく見ていません。雪の魔女が来ることはもうないのでしょうか
「あらから、もう一週間。このままじゃ駄目だよ」
「私だって、そう思っている。けど、駄目なの。できないのよ」
魔女は、顔をゆがめます。また、ムカデの深い黒色の姿がゆがんでしまいます。魔女を心配した蜘蛛の子たちは、彼女に寄り添っています。周りに音がしても、魔女の心の穴は満たされません
「会いたいよ。お願い雪を降らせてよ。もう一度、灰色の世界を見たい。色にあふれた世界も、太陽も私には眩しすぎる」
魔女は、泣き崩れました。雪の魔女の願い通りに忘れなくてはいけないとわかっていても、体も心も思い通りに行きません
「魔女さん。みて。上を見て」
魔女は、水滴を袖で拭い上を見上げました。灰色の空から、白いものが絶え間なく降ってくるのです。頬に白いものが当たります
「冷たいわ。冷たいわ。雪って冷たいのね」
「魔女さん、ごめんね」
「あ、」
魔女の喉の奥が締め付けられて、声が出ませんでした。代わりに魔女は雪の魔女に抱き着きました。ふんわりとした毛は、確かに温かいのです
「謝らないで」
「ううん。ごめん。話せなかったのが悪かったんだ。どう?おくりもの気に入ってくれた?」
「おくりものって、この痛みのことかしら」
雪の魔女は、頷きました。魔女はゆっくりと雪の魔女から離れます。
「神様に頼んで、叶えてもらったんだ」
雪の魔女は、ご褒美を魔女のために使ったのでした。魔女は、分かった瞬間雪と同じくらい真っ白になった気がしました。悲しみも、喜びも、怒りも混ざってしまったのです
「そんな。そんなことよりも、ずっと一緒にいてほしかった。痛みより、温度よりもあなたが永遠にいてくれた方が、何倍も嬉しかったのに」
分かっている。雪の魔女が、魔女のためにしてくれたことも、ありがとうと言わなくてはならないことも。けれど、どうしても受け入れることができなかった
「知ってる。でも、それだけはできないんだ」
「できないのね」
魔女は、強く雪の魔女を抱きしめました。離れたくなくて、無意味な行動でも必死でした。どうして、離れなくてはいけないのでしょうか
「これが終わったら、全部忘れてね」
「約束は守るわ」
「そっか、君に一杯うそをついたね。ごめんね」
「貴方の偽りは、全部温かいものだったわ」
太陽の光が、申し訳なさそうに差し込んできます。お別れの時間が来てしまいました。
「ありがとう、最高の魔女さん」
「ありがとう。素敵な雪の魔女さん」
雪の魔女は、魔女の手の中から消えて行きました。雪の魔女の重みも、温かさも消えてしまいました。魔女は、色が戻った空を見上げていました。ふと、足音がして振り返ってみると、青い花の上に雪でできたうさぎがありました。手に持つと、冷たさがしみこんできます
「忘れないわよ。絶対に」
魔女は、青い花の束の一つを摘み髪に飾りました。そして、雪のうさぎを持って一人きりの家へと戻りました