第五章 守るものと護られるもの
俺は、瑠璃の家に向かっていた。時刻はもう八時を回っていたが、それほど時間がかかる距離ではない。だけど、俺にとって永遠に近い時間を歩いているような感覚があった。
途中誰にも会わなかった。
「おかしいだろ。そんなはずない。確かに夜は人通りが少なくなるけど――」
だけど、都心で一〇分ほど歩いて通行人と一人も会わないなんてあり得るだろうか。
街灯の光も気のせいか、いつもと違う気がする。
静寂のなか、自分の足音だけが反響している。
いや。別の足音も聞こえた。前方から、こつこつという足音が響いている。
顔を上げると、一〇〇メートルほど先に人がいた。こちらに歩いている。
俺は少しだけ安心して、歩みを早めた。
そして暫くしてすれ違うとき、胸元から何かが光った。そして背後に気配を感じる。
俺はびくっとして振り返った。だがそこには何もない。ただ、その動きで、俺は体勢を崩して半歩退いた。その退いた場所に薄い風切り音とともに目の前をナイフが横切る。
辛うじて、俺はナイフを避けた格好になっていた。振り返らなかったら、俺は正面から歩いてきた人にナイフで切り裂かれていたに違いない。身体が震えた。
ナイフは空振りをして、それを持つ人はくるりと一回転をする。それはまるで演舞のように優雅だった。そして、俺の方を向いた。街灯の光で顔が照らされた。
「ふふ。流石に『幸運の連鎖』ね」
光が当たった顔を見て俺は絶句した。
「き、如月っ? 何で?」
それは間違いなく如月彩だ。
何で如月がナイフを持って振り回してくる? 理由は何だ?
「見る前に刺されれば幸福のまま死ねたのに、『幸運の連鎖』も融通が利かないのね」
如月はそう言い放つと、ナイフを俺に投げてきた。
俺が慌てて腕を十字に交差させて防ごうとしたとき、躓いて前のめりになった。
そして、再び顔を上げたとき、如月はナイフを持っていなかった。
「あれ? ナイフは?」
俺の素っ頓狂な声に如月は肩をすくめた。
「あなたの頭上を通過していったわ。たしかにナイフであなたを殺すのは、幸運に防がれて無理なのかもしれないわ」
如月は「殺す」といった。流石に冗談とは思えない。
「お、俺を殺すつもりか? なんでだよっ」
「私には守らなければならないものがあるの。あなたは表面的にはいい人だけど、その存在は許されないのよ」
「ふざけるなっ。俺が何をしたって言うんだ!」
俺の言葉に、如月は薄く笑った。そして、如月は俺に背を向ける。
そして、一瞬で光が世界を覆った。
それは青白い光だ。不思議と熱はない。瞼を閉じてもその光が目に入る。
「チェレンコフ光よ。目を閉じても無駄。ちょっとだけ我慢してね」
「チェレンコフ光? いったい何だ?」
疑問を持った次の瞬間に、俺は驚愕した。
光が周囲を埋め尽くした後、翼を六枚持つ真っ白なドレスを着た如月が立っていた。
「何だ? その翼は?」
瑠璃と同じ、いや、この翼の色は違う。真っ白の翼。それはまるで――。
「如月彩の身体を依り代に現世に転生したの。今の私は死を司る熾天使。そして、私は世界を裁くものでもあるわ。それから、いっておくわよ。『幸運の連鎖』は天使には効かないの」
「熾天使? 死を司る天使だって?」
「あなたは裁かれるべき存在よ。そして私はあなたに死を宣言する権限があるの」
「天使が俺を殺すって言うのか? 神の使いの筈の天使が? そんな馬鹿なことが!」
悪魔がいるんなら天使がいたっておかしくない。だけど、天使が人殺しをしようとするなんて想像外だ。考えがまとまらない。どうすればいいんだ。
それに如月は何をしようとしているんだ?
「あなたは悪魔に影響を与えた。悪魔を従えることはそれが人間であっても悪そのもの。悪魔があなたを慕うというなら、あなたの存在そのものが悪なのよ。私は正義を貫かなければならない。そうしなければ私自身も堕天してしまうもの」
「自分を護るために俺を殺すのか? 天使は、何を守ろうっていうんだ?」
「天使が守るもの。それはあなたの命ではなく、世界と正義よ」
「ふざけるなっ。そんな馬鹿な話があるか! 俺は悪魔の眷属に好かれたという理由だけで天使の敵になるって言うのか?」
「それが世界の理なのよ。不幸をまき散らす人を、自ら悪いことをしていないという理由だけで放置するのは愚かだと思わない? マフィアのボスは指示しなければ善人なの?」
「それが理だって? どう考えても理性的でも論理的でもないだろっ。悪魔はそこにいるだけで悪だって言うのかっ? 瑠璃が何をしたって言うんだ」
「世界ってね、あなたが思っているほど理性的ではないのよ。人の命は平等ではないし、正しい理屈なんて力がなければ何の役にも立たないわ。正義を実現するには力もいるの」
「俺に力がないから、殺されるって訳かよ?」
「それは自然なことでしょ? ネズミにどんな正しい理屈があったって、ライオンが襲えば助からないの」
「それが理だっていうのか? ふざけるなっ」
「一人一人を大切にすることなんてできないわ。あなただって、世界のどこかで今、理不尽な死に方をしている人がいることは知ってるよね? 天使はそれを全員救うべきだっていうの? それは人間自身の努力を認めていないっていうことにならないかしら?」
その言葉は明らかに真実の一端を示していた。俺は口ごもるしかない。
「あなたを殺す前に正直に言うわ。私が警戒していたのは、須藤さんではなくて来生さんよ。須藤さんは強大な力を持っているけど、七二柱の一人。だから理の一部なの」
如月はおれのことを殺すと宣言した。如月の瞳には狂気も何もなく、いつもの瞳だった。だからこそ、それが逆におれを殺そうとしている意思を強く感じる。
「七二柱って何だよ? 理だって? 一体どう言う意味だよ」
「そうね。それを知らないまま殺されるのは余りに哀れだわ」
そして如月は俺の方を感情のない瞳で見つめていた。
「私が守りたいのは世界。善と正義に満ちた世界。でも、人間の一部に悪が含まれるのは避けられないかもしれない。それは世界の一部かもしれない。その世界の構成要素としての悪は、須藤さんのような存在が担うでしょう。それが七二柱よ」
「世界の構成要素としての悪? それが七二柱? 世界は善と悪のせめぎ合いで構成されるってことか?」
如月の瞳は真剣な色を濃くした。
「そうよ。それはたぶん不可避。だけど――来生さんは違う。あの子は七二柱ではないわ。そして理でコントロールもされない。あんな存在は脅威よ。だからこそ私が監視していたの。あの子は本当に強大なのよ。もし本気ですべてをかけるなら、世界の理を変えてしまうことさえできる。そして誰にも対抗できないと思うわ」
「お前は、瑠璃を監視していた――天使だったって言うのか?」
俺は自分が死んだときに瑠璃がどうするか想像する。
絶望。悲観。そして怒り。
代償行為としての瑠璃の怒りがどのくらいになるか想像も出来なかった。
「俺が死んだら瑠璃は絶対爆発する。止められない」
「その時は別な力を使うわ。取り返しのつかない方法だけどね。だから、心配いらないわよ。御前の七天使を嘗めないで欲しいわね」
その言葉を如月は冷たい笑みとともに発していた。
如月は取り返しのつかない方法と言った。それは瑠璃にひどいことをすると言うことだろう。そんなこと絶対させない。だけどどうやって?
死にたくない。だけど、俺に何が出来るんだろうか。
それは俺の最期の抵抗になるだろう。
瑠璃と美鈴の想像を絶するあの戦い。如月はあの二人に匹敵する力を持つに違いないから。
俺は死ぬ。そうなるだろう。避けようがない。俺には毛虫ほどの力もないから。
だけどその後、瑠璃と如月を戦わせるわけにはいかない。そうさせちゃいけない。
このまま俺だけが死ぬなら、悪くないのかもしれない。瑠璃は守れる。
「それでも――」
『ダメだよ。そんなのダメだよ。ボクは生きて帰ってって言ったのに、守るなんて返したらやだよ。そんなのってまるで命を失うみたいだもん――』
瑠璃の悲しむ顔が目に浮かぶ。絶対あの子は泣く。いや、絶望で泣くことすら出来ないかも知れない。それは全部俺のせいだ。
瑠璃のその姿を想像して胸が鎖で締め付けられるようだった。
「――それでも、俺は瑠璃をもう悲しませたくない。俺はそんな世界を認めない」
俺の言葉を聞いて、如月はあざ笑うような表情を浮かべた。
「世界を認めないですって? 高柳君、あなたはずいぶん大きく出たわね。ただ悪いけど悪魔は悲しまないわよ。特にあの子はね。残念だけど、あなたはだまされているの。そう見えるだけ。来生さんは邪悪で危険な存在よ。存在すべきじゃないわ」
「存在、すべきじゃない? 瑠璃が?」
如月は今、なんて言った? こんな台詞を天使が言うのか?
その言葉で俺は認識した。一瞬で恐怖が吹き飛んでいた。
「お前は瑠璃の世界を認めていないっ。悪だからじゃなく、存在そのものを抹殺しようとしている。自分が考える世界以外の存在を認めようとしていないっ。そんなものが天使であるはずがないっ」
その時やっと俺は理解した。ここにいる存在が何であるかを。
「邪悪な存在はお前だっ! お前は俺にとって天使じゃないっ!」
その言葉が出た瞬間、俺の全身をある確信が覆った。
「俺といなければ瑠璃は救われない。それが今わかった。俺が本当の瑠璃を守らなきゃいけないんだ。俺は瑠璃を――」
俺が言葉を終える前に如月は宣言した。
「天使を邪悪な存在と呼んだ報いを、今あなたは受けることになるわ」
ほぼ次の瞬間、如月の右手から眩しい光が俺の胸に向かう。そして、ほぼ同時に俺の胸から熱い感覚が響く。
『ボクの想いがキミを守る』
瑠璃から貰ったペンダント。瑠璃が今守ってくれている。それが分かった。
俺の直前で如月の光が飛散していく。だけどそれを見た如月は余裕な表情で宣言した。
「悪魔の意思ね。あなたは今悪魔に守られていることを自覚してる? それだけで、あなたが天使に裁かれる理由となるのよ」
俺はペンダントに意志を集中した。そして瑠璃のことを祈る。
俺にはそれしか出来ない。
「――俺は瑠璃を助けたいんだ」
すると、如月に向けてペンダントから紅い光が伸びていった。
その瞬間、如月が慌てたようだった。
「私が悪意を持っているって言うの? 違うわっ。私は正義を貫くだけよ!」
如月の周囲を紅い光が包んでいた。
「これはっ! まさかランダウアーの御符っ? て、天使に対して精神攻撃をすると言うのっ? 御前の七天使に対して? やっぱりあなたはイレギュラーで最悪ねっ」
なぜだか如月は混乱しているようだ。
瑠璃は言っていた。紅い光がでたら、絶対逃げ出してねって。
もう瑠璃を悲しませたくない。もう一度会って、そして謝りたかった。
「俺にとって天使と呼べる存在があるとしたら、それは――」
身体が自然に数歩退いていた。ほぼその瞬間にペンダントに如月の光が飛ぶ。
瑠璃に貰ったペンダント。それに罅が入っていた。
ペンダントを左手で握りしめる。如月は息を切らせながら宣言をしていた。
「そ、そんなものが天使の本体に対抗できるわけがないわ。ただ、確かに信じられないほどの祈りが――そうね、あり得ないほどの心がこもっていたことは認めるよ」
その言葉の中に見えた。
俺が気付かない間に、無数の、そして破壊的な攻撃の応酬があったんだろう。
「流石はランダウアーの御符。それがなければ初撃であなたは命を失っていたはず。よほど来生瑠璃はあなたが大切なのね。だけどそのせいであなたは命を失うの。だからあなたは瑠璃を呪うといいわ」
「呪うだって? あの子を? 俺が?」
俺は小声で笑うしかなかった。如月は何も分かってない。俺にはある確信があった。
「命を失うなんて分かってる。でも、その前に瑠璃に言っておきたいことがあるんだ――」
如月は俺の言葉を無視して、容赦のないエネルギー弾を放つ。
その表情から余裕が消えていた。
瑠璃のペンダントは相当のダメージを与えていたらしい。
そして如月が放った強烈な光をペンダントが相殺する代償に、それは俺の左腕に衝撃を与えてばらばらに砕けた。傷みなど感じる時間もない。反動で全身が吹き飛ばされる。
「なら自らに絶望して死になさい。それが悪魔に関わった無力な人間の末路よ」
俺は地面に投げ出されていた。立ち上がろうとして手を地面につこうとする。
そして気付いた。左腕がない。
ペンダントを持っていた俺の左腕は肘からちぎれていた。大量の出血が俺の服を真っ赤に染めている。苦痛などない。ただ、血にむせるだけだ。
そして、顔を上げると如月の左半身も血塗れなことに気付いた。
バサッと言う音と共に、地面に如月の羽の束が落ちている。
如月の瞳が怒りに満ちていた。
だが、如月にダメージの跡は見えない。俺は血を吐きながら呟くしかなかった。
「瑠璃。俺は瑠璃に守られただけだった。俺には何もできないよ――」
そう呟きながら片腕の俺はやっとの思いで立ち上がる。もはや全身が血まみれだ。
でも不思議だった。その時、死を目前にした俺には恐怖も混乱もなかった。
ただ冷静な自分がいる。右手に瑠璃の黒い羽をさしたストラップを握る。
俺は全身を何か強い力が覆っているのを感じた。そして口を開く。
「だけど――」
そして、俺はこの世界の理を変えることを祈り、そして願った。その言葉と共に。
* * *
これほどのダメージを受けたことはいつ以来だろうか。
ランダウアーの御符との正面攻撃は今までの戦いのどれより破壊的なものだった。
ランダウアーの御符が幸太の左腕の代償として、如月の翼の一部を奪っていった。
しかも、恐らくそれは御符の代償行為でしかない。恐らく瑠璃はあり得ないほどの想いをこれに込めていた。そして、それが間違いなくこのきっかけだ。
翼の一部を失った如月は、その痛みを顔に出さずに幸太を凝視する。如月は気付いていた。
幸太の周囲を信じられないほどのエネルギーが覆いつつある。それは世界を覆い尽くしていた。世界の理を変えるほどの量といっていい。
伝説の魔法使いエドワーズウォーカーですら、これほどの力を出せるとは思えない。それは、ただの人間の持ち分を遙かに超えている。四大天使も羨望するほどの力だろう。
そのエネルギーの巨大さ故に、如月は気付く他なかった。
この人は戦う人ではない。守る人でもない。与える人だ。
全ての赦しを与える、それがこの人間のただ一つの能力だ。
だから守られる。悪魔ですらこの人を守ろうとするだろう。
甘かった。まずい。
真に危険な存在は来生瑠璃ではなかった。
『だけど――』
幸太にこの先を言わせてはいけない。
戦慄とともにそれがわかった。一言でも、一瞬ですら危険だ。だがたぶん如月の攻撃は間に合わない。この膨大なエネルギーに阻まれる可能性が極めて高い。
致命的で不可逆の変化が避けられないだろう。
この後、世界に何が起きるか予測すら出来ない。恐らく世界の理を変えられてしまう。
それを防ぐためには自分の命を使うしかない。この世界を守らなければならない。
御前の七天使に与えられたそれぞれの能力。絶対禁呪。それを使う以外の方法がない。
「神の名において――」
如月は絶対禁呪詠唱の初言を発する。
絶対時間行使。如月は唯一で絶対的な能力を行使できる。
その絶対禁呪の詠唱を終えれば、初言詠唱の瞬間に時間が舞い戻り世界を静止できる。
停止できる時間はわずか五秒。だがその時間は自分だけしか動けない。そして如月は物理的攻撃に限り全て行使できた。
それは如月が生涯ただ一度だけ使える能力として与えられていた。
その代償として、如月は自分の能力、生命、寿命の大半を失うだろう。
自分の命を費やして、そして初めて世界の理を止めることができる。
だが、どんな相手だろうと如月の五秒の物理攻撃は無防備の相手の命を奪うのに十分だ。
たとえ相手が神であろうとも。
それは御前の七天使最強の能力と言われている。別な言い方をすれば、如月は誰であろうとも相手の命を奪う権利を生涯に一度だけ与えられているということだ。
そして幸太の続く言葉と共に、強烈な世界改変のエネルギーが如月に迫りつつあった。
それが如月に、今が自分の命を使う瞬間だと理解させた。絶対禁呪を詠唱する。
「――我を除く世界の理の全てが停止することを命ずる――」
それは、まさに世界を裁く者としての責任だと如月は信じた。
そして、世界の時間が舞い戻り、静止した。
如月を除いて。
如月が無防備の幸太に襲いかかったのは次の瞬間だ。
世界を守るために。
全てを賭けても、自分が大切にしているものを壊させない。
「私はこの大切で愛しい世界を守らなければならないのっ」
全てが停止した世界の中で、初撃は喉だった。幸太の喉を潰し、次に肺を粉砕する。
幸太にもう何も発声させない。鈍い音とともに幸太の胸に巨大な穴が穿たれる。
そして、如月の拳が幸太の心臓を貫いた。それは不可逆的な命の強奪だ。
「だから貴方の命だけでなく、心を消し去る」
如月は幸太の心肺を停止させるだけでは満足しなかった。
「貴方の祈りを消す。貴方の願いを無効にする。それは世界を危険に陥れるからっ」
さらに、幸太の頭を砕くために続けて二度の攻撃が幸太を襲う。鈍い音とともに幸太の頭蓋骨が砕かれ、幸太の脳漿が飛び散っていった。幸太の砕けた頭が地面に落ちる。
「まだよ。まだ足りないわっ」
続いて、幸太の体の残る部分に如月の手が伸びた。
「世界を守るには、貴方の全てを消し去らなければならないの」
もちろん幸太がそれに気付くことはない。静止した時間の中で、出血もなく幸太の身体が切り刻まれていった。
「私を許してなんて言わないわ。恨みなさい。それが死を司る私の責務よ」
その瞬間、如月はまさに殺戮の天使だった。
「私は世界を守るために必要な全ての罪を負う」
五秒後、肉塊と化した幸太が大量の出血とともに崩れ落ちていく。
そしてひらひらと幸太が持っていた一枚の黒い羽が地面に落下していった。
さっきまで世界を覆っていたエネルギーが消し飛んでいる。それが如月に勝利の確信を生んだ。だけど、油断などしない。如月は厳しい表情を緩めなかった。
「痕跡を一つも残さないっ。あなたの血の一滴、細胞一つでさえ危険だから」
一瞬で失われた幸太の命に対して、それでも如月は容赦しなかった。
三段階核爆弾(3F爆弾)に相当するエネルギーを如月は手のひらに集める。
その刹那のことだった。
「まてっ――」
瑠璃の声が響き渡っている。おそらく、いつもの如月なら間に合っただろう。だが、如月は命の大半を絶対時間行使に費やした。それが、瑠璃の介入を許す結果になった。
瑠璃がウィルの警告で幸太を探しに来ていたのだろう。
だが、それは遅すぎた介入だった。
だって、すでに幸太は死んでいたのだから。
既に幸太の心も、祈りも、願いも消し去られていたから。
そこに辛うじて残されていたのは、かつて幸太だったものの痕跡だけだった。
* * *
瑠璃は押さえた口調で声を発した。
「まてっ、何をしてる?」
瑠璃の問いに答えずに、如月はエネルギー弾を投げる動作を続けた。
だから、そのエネルギーが空に向かうように瑠璃は空間を改変した。巨大なエネルギー塊が大気圏外に飛ばされていく。
如月が光弾を投げつけようとした方向を見た。
何かがある。如月はそれを蒸発させようとしたんだろう。
――いったい何だ?
そして如月は瑠璃を睨むと、ため息をついた後こう言ってきた。
「念のため、全ての痕跡を消しておきたかったけど、無理なようね。でも、とりあえずこれで十分だから、いいわ」
その言葉とほぼ同時に、如月が姿を消す。その後には、如月のものと思われる翼の一部と血痕が残されている。追うことも出来たが、瑠璃はその前に確認すべきことがあると思った。
「あの姿は間違いなく熾天使だ。如月が熾天使だったことに、ボクが気付けなかったのはなぜだ? それに、翼の一部を失っているのは、一体――」
そして、何か変だ。熾天使がこんなに簡単に瑠璃の影響を受けるはずがない。
力の大半を失っているとしか思えない。
――なぜだ?
瑠璃の言葉にウィルは吐き捨てるように説明した。
「おそらくあの者は実在する人間を依り代にしていたのだろう。そして、牙をむくときに転生を履行するのだ。それによって転生するまでの間は人間と区別できぬ。依り代とされた人間は死人同様だろう。悪魔の所行といっていい。よくも天使などと自称できるものだ」
「如月は、いったい何をしようとしていたのかな? あんなに大量のエネルギーなんて」
そして血の匂いが周囲に漂っていることに瑠璃は気付いた。
匂いの方向に目をやると、少し離れた場所に赤黒い塊がいくつかある。
「あれは? いったい何だ?」
近づいてみると、その塊が肉体の一部だと分かった。
「――肉体の一部? ばらばらになった身体の一部?」
身体? 人間?
瑠璃の脳裏を最悪の想像が襲いかかる。心臓がはじけそうなほどドキドキしている。
「き、如月が誰かを襲った? 一体誰を? まさか? まさか、そんなっ!」
その最悪の予感を瑠璃は必死に否定する。
「いや。如月があの人を襲う理由がない。別の誰かに決まってる。あんなに優しい人が天使に目を付けられるはずないもの。如月を助けたこともあったし」
そんなことあるはずがない。
そして瑠璃はその人の名前を呼ぶことを必死に避ける。
もし名前を呼んだら、それが事実として確定する気がしていた。
だけど瑠璃はそのあり得ない筈の想像を振り払えなかった。震えが止まらない。
「そ、そんな理由があるとしたら――」
天使が人間を襲う時は?
「――あの人が、もし天使に襲われるとしたら?」
そう考えて、一つだけ理由が思い当たる。
それは、想像することさえ憚られる最低で吐き捨てたくなる予想だった。
「悪魔が――ボクが側にいたから? まさか、あの人は悪くないのに、ボクのせいで襲われたの? そ、そんなはずないよね? そんなことがあったら――」
瑠璃は戦慄する他なかった。許されるはずがない。償えるはずもない。
もしそんなことがあれば、瑠璃は生きていけない。
「そんなこと、あり得ない。そんなこと絶対にない」
自分のせいで、一番大切な人の命が失われるなんてあっていいはずがない。
だけど、もし、万が一そんなことがあったら?
「もしそんな理由だったら、ボクはどう償えば……」
償いなどあるわけがない。瑠璃には想像すら出来ない。
呆然とする瑠璃に、光るものが目に入った。それは砕かれた魔力の結晶だった。
肉塊の一つに、瑠璃が幸太に渡したランダウアーの御符のかけらがあるのが見えていた。
瑠璃の全身を衝撃が襲う。そんなこと信じられない。
「そんなことないっ。これが幸太の筈がない!」
瑠璃は思わず大声で大切な人の名前を叫んでいた。その瞬間現実が確定する。
それはもはや人の形を成していない。だが、それが誰であるか理解した。
心臓が失われ、頭部が砕け、そして四肢が千切れている。
瑠璃はよろよろとその血と肉の塊に近づいていった。
幸太を守るために瑠璃は急いでその傍に向かったはずだ。
この肉塊が幸太であり得るはずがない。必死に事実を否定する。
もしこれが本当に幸太なら、瑠璃は役立たずの無能な存在でしかない。
恐らく幸太は一人で全てを背負って戦った。
それは幸太が傷つき、苦しみ、命を失った一番大切な時だ。
幸太が希望を賭け、全てを諦めた絶望の瞬間だ。その時、瑠璃はいなかった。
何を置いても助けるべき一番大切なとき、瑠璃は何もしなかった。
それに気付くことすらなかった。
幸太を孤独のまま死なせてしまった。そんなことが赦されるはずがない。
「ち、違うもんっ! 絶対にそんなことないんだからっ。ボク、必死に御符を作ってあげたっ。こんなに急いで探しに来たっ――それにこんなに大好きだしっ」
それは切り刻まれた単なる血と肉の塊でしかない。震えながらそれに手を伸ばした。
「お願いです。何でもするから。誰でもいいから違うって言ってください――」
それは瑠璃の必死な祈りだった。
だがその肉塊に触れた瞬間全身に衝撃が走る。幸太でなければあり得ない感覚。まだ暖かいその血の塊から流れ出るかけがえのない感触。
あり得ないはずの事実を突きつけられた瑠璃は、幸太のかすかに残された命の感触で思い知らされた。自分が愚かで、無能で、そして何も守れない無意味な存在だと。
そして、急速に幸太の命が失われていく。
辛うじて残された最後の命の欠片が瑠璃の絶望と共に目の前で消えていった。
目の前で幸太が消えていく姿を瑠璃は確かに見た。
「そんなっ! 幸太なのっ? いやだっ。いやだよっ。こんなはずないもんっ」
瑠璃は嗚咽の叫び声を上げた。真の絶望に際して涙など出ない。それがわかった。
その肉塊から、幸太が最後の瞬間、瑠璃のことを思っていた感覚が伝わってくる。言葉に出来ない感情。瑠璃を悲しませたくないという想い。それが伝わってくる。
「ボ、ボクのこと最期まで心配して――」
瑠璃はそれを大切に抱きしめるほかなかった。
「ごめんなさい。ボク、バカだった――。何でキミを護れなかったんだろう。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――」
瑠璃は謝罪の言葉を止められなかった。
「ごめんなさい。幸太。ボクのせいで。ボク、一体どうすれば――」
そして、血まみれになりながら幸太の身体の一部を抱きしめる。愛しくてたまらない。
幸太の血液が胸からブラウス全体に染みていく。
スカートにも赤い幸太の命の徴が落ちていた。それは大切な命の証だった。
「如月の力が失われていたのは――ボクのために幸太がやったんだね。ボク分かるよ」
瑠璃は自分の心が沸騰するのがわかった。自分の存在そのものが燃え上がっている。
「如月を許さない。大好きな幸太にこんなことした如月は絶対に許さないっ」
血まみれの全身が怒りに燃えている。その中で瞳だけが氷点下の光をたたえていた。
「如月が後悔するほど残虐に殺してやる」
今すぐ如月を殺しに行くつもりだった。ほんの少し幸太のことを考えるだけで、全身に強烈な魔力がみなぎるのが分かる。その量も質もあり得ないほどのレベルだろう。
恐らく今の瑠璃ならば勝負は一瞬でつく。それだけじゃ気が収まらない。
「いや、今から天使全てを滅ぼしてみせる――。自分たちが何をしたか教えてやるんだ」
今の瑠璃ならたぶんできるだろう。どんな天使だろうと瑠璃の全てを賭ければ出来る。
必ず、幸太をこんなにした報いを受けさせる。
「幸太っ。大好きな幸太。ボク、絶対にアイツらを許さないよっ。許せるはずがないっ。一人残らず殺してみせる。そうしなければ、ボク、自分を許せないもんっ」
その瞬間、瑠璃を止める声が聞こえた。それはたぶん最期に残された幸太の意思だろう。
「――幸太はボクの戦いを防ごうとしている、の?」
そのために幸太は自分の命をかけた。それがわかる。
『大丈夫。俺、ちゃんと瑠璃を守るから』
幸太は瑠璃を守ろうとしていた。だけど……。
「もしそうならどうしたらいいんだっ。キミの意思を守りたいよ。だけどキミはいないもんっ」
瑠璃の前に、もはや幸太はいない。その事実を思い出すたび全身が後悔と激高で包まれた。
「なのに如月も他の天使も殺さないなんてっ。そんなこと出来るはずがないよ――」
そして、かつて幸太だった存在を見つめる。
自分が一番望むことは何だろうか。如月を殺すことだろうか。それとも――。
「天使をすべて滅ぼす? もしそれができればボクはいいの? キミの命を守れなかっただけでなく、キミの意思も守らないなんて、それでボクは満足できるの?」
そして、過去の自分の言葉が脳裏をよぎった。
『絶対だよ。もし争いになったらどんな酷いことをしても、ちゃんと生きて帰るんだよ。後でボクが何とかするから』
その瞬間理解した。瑠璃の瞳に光が戻っていく。
「――ああ、そうか。そうだった。ボクが望むのはただ一つのことだけなんだ」
そして瑠璃の瞳から涙がたくさんあふれていった。
「今分かったよ。ボクが今何をすべきなのか」
笑ってしまうほどその涙は純粋で透明だった。
「幸太。今ボクが助けてあげるよ。だってボクの本当の願いはそれだけだもん」
瑠璃は小声で、禁断の言葉を唱えようとした。それは絶対言ってはいけない言葉。
――ボク達が何より一番大切にしている契約を台無しにする言の葉。
天使と違って、悪魔は何でもできる。だからこそ制約がある。それが契約なんだ。
「瑠璃! 止めろ! 高柳幸太が死んだという事実は変えられないぞ。不可能だ」
瑠璃の背後からウィルの叫びが聞こえる。
でも、そうしなければ幸太は助けられない。
瑠璃は振り返って涙と共に小さく笑う。確信が瑠璃を微笑ませていた。
「幸太が死んだって言うなら、その世界の理を変える! それがボクが今まで生きてきた意味なんだ。今それがわかったよ」
時間を戻す。幸太が生きていたときまで。出来る。絶対出来る。
瑠璃に刻まれた七芒星の紋章を媒介にすれば、幸太のための全ての行為は不可能を可能にできる。それはたぶん必然だ。
瑠璃の全身を包んだ魔力に気付いたんだろう。ウィルが声を張り上げていた。
「瑠璃、お前は自分に刻まれた七芒星の紋章を使って不可能を可能にするつもりだな? それは過去の契約すべてを破壊する行為に等しいぞ。悪魔にとっての契約破棄がどんな意味を持っているか知ってるはずだろう。そんな馬鹿なことはやめるんだ」
ウィルに瑠璃は微笑み続けた。
「そうだね。馬鹿なことかもしれない。だけど、ボクにとって何より大切なことなんだ。きっとウィルにも分かっているはずだよ」
「瑠璃……」
ウィルは一瞬口ごもったが、すぐに叫んだ。
「我は瑠璃を守るために――そのために――」
ウィルはそこまで言うと瑠璃の瞳を見つめていた。そして、瑠璃の意思が硬いことを見て取ると、低い声で瑠璃の行動の制約を試みようとしたようだ。だが瑠璃の方が早い。
「全ての理と契約の元に命ずる。全てを代償として、全ての世界を高柳幸太が生きていた時間と成せ。それ以外の全ての世界を破却せよ。この七芒星により現在を否定する」
瑠璃はその全てを賭けて詠唱を始めていた。
ウィルでも、それを止めるのは不可能に近かっただろう。使い魔であるウィルは、瑠璃の意向に逆らう行動に極端な制約があるからだ。
瑠璃の全身を七芒星が覆う。やがてそれが世界に広がっていった。
全ての世界。全ての次元。全ての時間。
瑠璃の祈りがすでに起きた事実を否定していく。
魔王に匹敵する瑠璃の命を触媒に、七芒星が世界を変えていった。
それはまさに不可能を可能にする瞬間だった。その途方もない効果の代償は明らかだ。
「瑠璃っ」
その代償を知るウィルの悲痛な声が聞こえる。
瑠璃は詠唱を終えた後、知っている全ての蘇生呪文を唱えた。
――大丈夫。幸太は助けられる。絶対助けてあげるよ。ボクにはそれが出来る筈だ。
悪魔が呪文詠唱を必要とするのは禁呪に限られる。そして複数の蘇生呪文の同時詠唱は禁呪の一つだ。だけど、その効果は絶大。そして、その代償も絶大だ。
不可能を可能にするために連続して唱えた禁呪の代償として、瑠璃の膨大な魔力と命が失われていくのが分かる。
――ボクは自分が世界を変えられるはずがないって思ってた。ボクができることは決まってるって思ってたんだ。ボクには魔王に匹敵する力と永遠の命がある。でも、自分の限界も知ってたんだ。訳知り顔で、自分のできることを語ってた。馬鹿なのはキミを守れなかったボクなんだ。ボクは馬鹿だった。
「幸太、本当はボクはキミと共に生きたかった。今なら分かる気がする。キミが求めていたことが何かって。ボク、キミの右にいてそれを助けたかったんだよ」
瑠璃の命を触媒に時間が逆行していき、そして幸太の体が修復されていった。幸太の身体が薄く緑色の光に包まれている。
瑠璃はぎりぎりのところで、幸太の命が現世に留まっていることを感じた。あと少しでも遅かったら、瑠璃の命を代償としても助けることは出来なかったに違いない。
――もう大丈夫だ。ここに幸太の命がある。ああ、よかった――。
それが分かって、瑠璃は幸せだった。
瑠璃は苦労して意地の悪い笑みを浮かべた。涙があふれたまま。
「ボクは幸太のこと赦さないんだから。キミは一生後悔すればいいんだ。ボクが全てを賭けて助けたことを。だって、キミだって――、キミだって同じことしたんだもの。ボクがキミのこと大切に思っていること知っているはずなのに! 一緒にいたかったのにっ。なのにボクはもうキミと会えない。話せない。一緒に生きていけないんだ。ひどすぎるよっ」
――でもボクは……。
そこまで言ってみて、瑠璃は理解した。
こんなに大切な人が全てを賭けて瑠璃を護ろうとした。
勝てるはずがないのに立ち向って殺された。瑠璃のことを最期まで想っていた。
赦さないなんて出来るはずがない。愛しくて涙が止まらないのがわかる。
「幸太。ボク、キミのこと大好きだよ。だからやっぱりキミのことを赦してあげる」
それを言うのが精一杯だった。
――ボクはいなくなる。ボクは命だけでなく存在そのものが消えると思う。でも幸太が生きていてくれる。ボクの記録が世界から消えれば、如月が幸太を襲うことはないよ。
だからそれでいい。
『だけど、もうキミのそばにいられない。これからボクのいない世界になる。そうさせたボクを赦してください――』
その言葉はもう微かにしか出なかった。
――ボクは神に頼れない。だから、幸太に頼っていたんだ。
瑠璃は自分が消えていくことを感じる。瑠璃の存在が契約によって否定されていく。
瑠璃に、それに対抗できるだけの魔力は――もうない。
そして、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それは懐かしくて、いつも自分を護ってくれたものに思えた。
だけど、瑠璃にはそれが何かわからなかった。
* * *
瑠璃の全身を真っ黒い霧のようなものが覆っていく。そして、黒い膜に覆われた瑠璃は、徐々に透き通る存在に変わっていった。
暗黒なのに透き通る不思議な存在が瑠璃を満たしていく。
そしてウィルは自らの知識の全てをかけてその黒い膜の排除を試みていた。
「――世界を守る全ての記憶に命ず。『記憶保護例外』」
ウィルの禁呪と共に瑠璃の周囲が一瞬赤く光った。だが、すぐにその黒い膜は元通りに復元していく。ウィルはその禁呪が全く効果がなかったことに衝撃を受けた。
「世界を変更する例外魔法ですら全く効果がないというのか?」
ウィルが例外禁呪を使ったのは、既に確定した事実に関与できる魔法はないからだ。
唯一例外魔法だけが膨大な代償と共にそれを成すことが出来る。だが特殊禁呪の一つで世界そのものに影響を与える例外魔法ですら歯が立たない。恐らく、その理由はこの現象が魔法の前提である契約を超える理であるからだ。
「まだだ。奥の手はまだある。我は諦めぬ。全てを賭けて瑠璃を助けるっ」
ウィルはあらゆる禁呪を駆使して瑠璃を覆う存在に抗った後、それが無駄であることを理解した。ウィルは全ての例外魔法を使い切った後、それでも不敵な瞳を変えようとしない。
「世界の理には契約では対抗できないかもしれぬっ。だがそれでも――」
そして、瑠璃が消えていくなか、ウィリアム・ウィルバーフォースが叫んでいた。
「瑠璃よ、必ず助けるぞっ」
ウィルは瑠璃から目をそらさずに続けた。その瞳には燃えるような炎が見える。
「これは創世者の全てを賭けた誓いだっ。契約ではない。瑠璃を助けることを誓う。故に誰であろうと我から瑠璃の記憶を奪うことは叶わぬ。ウィルバーフォースの名に賭けてそれを誓う」
だがその言葉が瑠璃に聞こえることはなかった。
「そして、熾天使を必ず後悔させてみせよう」
ウィリアム・ウィルバーフォースの全身を不思議な光が覆っている。その瞬間、ウィルの身体に刻まれた五芒星の形が変わっていたように思えた。
やがて七芒星の光が全てを覆い尽くし、同時に瑠璃の全てを消し去っていった。
そして世界が改変されていく。ただ一つの存在を除いて。
ウィルは瑠璃が消えた後もずっと瑠璃のいた場所を凝視していた。まるでそこにまだ瑠璃がいるかのように。ウィルはいつ拾ったのか、瑠璃の黒い羽を一枚咥えていた。
そして、その羽を首輪につけられたポーチに器用に放り込んでから、ウィルはぷいっと顔を背ける。
『見ているがいい。ウィリアム・ウィルバーフォースが、再び世界を滅ぼす様をな』
ウィルの瞳には確かに光るものがあった。