序
そこは、かなり広い公園の林の中。人気がほとんどない林に置かれた二人用ベンチがあった。その背の部分に、そのカラスは、そっと留まっている。
俺はちょっとだけ興味を持って、そのカラスに手を伸ばしてみた。
カラスは身じろぎもせずに、俺の手を眺めて、触られるままにしていた。
そのカラスには、怪我をしている様子はなかった。でも、俺が近づいても飛んで逃げようとしない。カラスは警戒心が強い鳥の筈だ。
「一体何だ? 変なカラスだなあ」
ふと横を見ると、真っ黒な毛色をした猫がカラスの方に近づいてきていた。
猫とカラスが争うなら、カラスが飛べば引き分け、飛ばなきゃ猫の勝ちに決まってる。
「触らせて貰ったし助けてやるよ。お前にはここにいていいからな」
俺は立ち上がって、猫がそばに来ないようにカラスを守ってやった。
猫は何度かちょっかいを出した後、俺が退かないことを理解して立ち去っていった。
そして、それを合図にするように、そのカラスは翼を大きく広げた。
その翼は、真っ黒で、そしてほんの少し青みがかっていた。それはきれいだったけど、俺はとっても怖かった。
なぜだか俺は黒い翼に恐怖を覚えていた。カラスは真っ黒の翼をばさばさと羽ばたかせる。
俺は、軽い恐慌状態にあった。理由は分からない。俺はベンチにへたり込んでいだ。
そんな俺を尻目に、飛ばないと思い込んでいたカラスが、ベンチから飛び立っていくのが見えた。その羽の色は、光の反射で瑠璃色に見えた。
カラスは、空高く飛んでいき、やがて見えなくなった。
* * *
「相手がこんなくだらない男とは、ボクも落ちたものだよ」
少女の言葉に、その足下から不満そうな返事が聞こえる。
「最初の言葉がそれかね? いくら何でも『連鎖』に協力した私の立つ瀬が無いであろう」
「学校の方はどう?」
「問題ない。既に同級生として認知されているはずだ。ただ何人か友人として行動する必要のある生徒がいる。特異な事情があるようで整合性維持のために必要だった」
「別にいいけど、ボクから仲良くなんてしないからね?」
「まあ大丈夫であろう。問題ない」
足下からの声に応えようとした瞬間、少女は不思議な気配を感じて背後を振り返った。
「いま、何かに見られていた気がする。それもなぜか羨望の気配が……」
「羨望だと? 我が感じていたものとは異なるな。我が感じたのは詮索の気だからな」
「そしたらボクは少なくとも二人から警戒されているってこと? 面倒だなあ。だけど――」
――飛び切り大変な相手だったら時間潰しになるかな。
そう思って冷たい微笑みをしたとき、少女はこの世界に迎え入れられた。