第一話 〜運搬業務も楽じゃない〜
どうしてこうなった。
アルブレヒト―――通称アルは、敵のショートソードをロングソードの腹で受け止めながら一人ごちた。
周囲にはフードを深く被った外套を纏う者達が三人。
此処は王国首都から、帝国領の末端の村へと続く街道の半ば辺り。
左手には鬱蒼と木々が生い茂る深い森、右手には清流が流れる浅い川が流れている。
そんなのどかな風景の中、場違いな程に剣撃の音を響かせながら立ち回る二人の男。
―――アルブレヒトは、古い親友のクレッグに叫ぶ様に怒鳴り散らす。
「クレェェェッグ!! 簡単な護衛の依頼の筈だろう!? 何でこんな目にあってる!!?」
受け止めたショートソードを弾き、構え直して距離を置いたアルは一瞬だけクレッグに視線を送る。
「さぁ、な…! 俺も、組合から運搬の仕事を請け負っただけ、だから………知らんッ!!」
そう叫び返し、手にした弓で矢を放つ。一直線に怪しい男の一人に飛来するそれは…難なくショートソードで弾き落とされた。
眉間に皺を寄せながら舌打ちをし、背後の馬車に視線を送るクレッグ。
その中には、今回運搬を依頼された荷物達が詰まっている。
「ただ、一つ分かるのは…こいつ等の狙いは、この中の荷物だって事だろうよ!」
そんな事は分かってる!と叫びたくなる気持ちを抑え、眼前の敵の動きを視界に納める。
どう見ても、堅気の探索者ではない。
この辺りを根城にしている盗賊か、それともどこぞのアサシンか…どちらかは分からないが、ハッキリしているのは此処を凌がねば、自分達の人生はこれでジ・エンドという事だろう。
ちくしょう…どうしてこうなった!
こんな事なら、この馬鹿からの依頼を受けるんじゃなかった…!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
〜三日前、アルのアパート〜
「アル、仕事だ」
そう言いながら扉を蹴破って入ってくる咥え煙草の男に、アルは心底嫌そうな顔をしながら視線を向けた。
「帰れ、俺は今忙しいんだ…至福の珈琲ブレイクの邪魔をする奴からの仕事は受けん
」
そう告げて片手に持ったカップを傾け、読んでいた書物に視線を戻す。
探索者アルブレヒト
能力値は全てにおいて横一線。
筋力/素早さ/知力/魔力………広く浅く、フルフラットで全ての事を何でもこなせるが…反面、全てにおいて特化した冒険者には遠く及ばないという器用貧乏である。
「俺が声を掛けなきゃ、どうせまた部屋で一日中暇を持て余しているつもりだろう? たまには外に出て働け、そしてもっと金を稼げ」
この部屋は、アルとクレッグが二人で借りているのだ。
出不精のアルは、クレッグが持ってくる仕事が無ければ…ただの引きこもりみたいなものである。
アルは嫌そうな表情のまま、文句を言いたそうに口を開くが…結局は閉じる。
結局は言い負かされて、仕事をやらされるのがいつものパターンなのだ。
なら、その仕事とやらをさっさと終わらせて帰って惰眠を貪る方が余程建設的だろうと思い至ったのである。
「チッ………分かったよ、取り合えず話を聞いてから決める。依頼書を見せろ」
そう告げて面倒臭そうに本を伏せ、片手を差し出すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
再度、振り下ろされるショートソードにハッとして身を翻す。
くそ、戦闘中に物思いとは………鈍ったか!?
こんな事なら、クレッグの言う通り…もう少し真面目にやっておくんだった!
半身になって避けながら、横薙ぎに剣を振るうアル。
無理な体勢から放たれたそれは、刺客―――仮に刺客と呼ぶ事にする―――の腕の皮一枚を裂くのみで。
思いがけない攻撃に舌打ちをする刺客は、バックステップで距離を置いて此方の様子を伺う。
レベルの合計値的には、此方が有利な様だが…頭数は彼方の方が多い。
このままダラダラと戦闘が続けば、不利になるのは此方だ。
それはクレッグも理解している様で、チラリとアルに目配せで合図を送る。
―――此処は、プランBで行こう。
その目はそう語っている、長年の付き合いだ…それくらいは分かる。
三人の刺客、全員の動きを注意して見ながら…ジリジリと後退するアル。
やがて、馬車の御者席近くまで下がると、ニヤリと笑みを浮かべ…。
「悪いな、こっちも仕事なんだ!」
そう刺客へと告げると、剣を頭上へと振り上げ―――。
「【鏡面】(ミラーズ)!!」
【鏡面】―――指定したモノを鏡の様にする。
身嗜みを整える時等に使用する生活スキルの一つだ。
掲げられたロングソードは、磨き上げられた鏡の様になり―――太陽光を反射する!
アルに意識を集中させていた刺客達は、そんな光を直接見入ってしまって目が眩んだ。
その隙に御者席へと飛び乗ったアルは、手綱を握り馬の操作をし。
「じゃあな!おととい来やがれってんだ!!」
中指を立てて罵声を浴びせる。
帝国領方面へと駆ける馬車、その先にはクレッグが待ち構えており…。
「ナイスだ、アル! やっぱりお前はやる時はやってくれる奴だ!!」
そんな台詞を浴びせながら、差し出された手に掴まって飛び乗る。
遥か後方で目を抑えながら闇雲に動き回る刺客達を尻目に、御者席に座る二人の男はしてやったり!と笑みを浮かべる。
帝国の末端にある村へと掛けていく馬車の中、揺られる積荷はガタガタと音を立てて揺れている。
その中に何があるか知らぬまま、彼等は旅路を進んでいくのだった―――。