家族の風景Ⅴ
面談室の鍵を長谷川先生が開ける。私と両親が続いて入室した。
「父さん、母さん時間を作ってくれてありがとう」
着席前に挨拶をした。
「幸、元気だったか?」
父が心配そうに尋ねてきた。彼が私を気遣うことは滅多にないので、居心地が悪い。
「顔色がよくて安心したわ」
母はいつも通り優しい。父を見ると、半年程会わない間に老けた印象だった。
「私は元気だから、大丈夫だよ」
嘘は言っていない。ただ室内の張りつめた空気を感じて、鼓動がうるさかった。
「小野田さんとご家族を交えての面談を行います。よろしくお願いします」
静かな雨の日だった。
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「お嬢さんは昨年の秋からデイケア活動に参加されて、喫茶作業を通じて自立への準備をしてきました。現在はハードルを上げ、病院外の作業所へ通所しています。慣れるまで戸惑いが多かったものの、最近はより意欲的に仕事を見付けて取り組んでいると職員の方から連絡が届いています」
先生が手元にあるファイルを見ながら、両親に説明してくれている。
「娘はうまくやっていけているんですか?」
父が先生に訊く。
「うまくとは?」
先生は具体的な質問を父に促す。
「人間関係とか、作業とか。わしの知っている幸は、不器用で、こっちをイライラさせるところがあったので人さまに迷惑をかけていないかと思いまして」
父の発言は悪意によるものではなく、率直な気持ちからのようだ。
「小野田さんには、初めての出来事が苦手だったり変化に対応する速度が遅い傾向があります。発達障害の自閉スペクトラム症の特徴を持っているとも言えます」
先生は、私の障がいのことも両親に説明してくれている。
「幸には障がいがあるのですか?」
母が驚いている。さらに父の顔を見るとショックを受けているようで、呆然と壁を見つめていた。
「知能の発達ついては問題はないと見受けられます。ただ、これまで戸惑いながら人間関係を築いてきたのは事実です。自身と他人との心の動きの相違に気付くことがなかなか出来ないのは彼女の特性だと思われます」
先生は、彼らに私の特性を話した。正直、父と母がどう反応するのかが怖い。ショックを受けているようだし、ますます父は私に失望するのではないかと思った。
「娘は、とても学校の勉強が出来ました。それは優秀な成績を修めていたものです。それが、障がいがあるなんて、信じられません」
父は動揺し先生に反発する。私は悲しかった。
「お父さん、障がいがあることは負い目ですか? 私は、入院したお嬢さんをずっと診てきました。彼女は、出会う人々と真摯に向き合いたくさん傷付いて、関係を深めながら成長してきました。神経も細やかですし、考え深い人間だと判断できます。閉じた心の世界から、飛び出すのがどれほど不安で、痛みを伴うか。考えれば彼女がどれだけ勇敢なのか理解できます」
「わしは……」
彼は言葉に詰まり助けを求めるように母を見る。私は彼に向き直った。
「父さん、私に障がいがあってがっかりした? たしかにあなたが考える普通ではないかもしれない。私も入院する前は普通に拘って、自分だけが人と違う、独りなんだと勝手に考えていた。自分が嫌いで、消えてしまいたかった。でも入院して、私を受け止めてくれる人たちに出会えた。初めて自由になった。自分が大切になったの。それはいけないことかな? 誰に否定されたって私は生きてるんだから」
体の奥にあった言葉が次から次に出てきた。母に『なんで私を生んだの』と酷い言葉を何度もぶつけていたなと思い出す。つくづく親不孝ものだったと後悔した。
「幸」
父から名を呼ばれた。




