新しい呼び名
カレンの優美な声に包まれて目を覚ました。給食の配膳の音がしている。グリーンのカーテンに夕日が差していた。もうそんな時間か、ベッドにある簡易テーブルの上の鏡に、ふと目を落とす。そこには不安そうで頼りない顔が映っていた。大人に近づきたくて小難しい本を読んだって、何も変わっていない自分を情けなく思った。
「小野田さん、気分はどうね?」
小柄で可愛らしくはあるが、話し方や表情に落ち着きと頼りがいを感じられる看護師さんが尋ねてきた。
「水上さん、だいぶいいです」
彼女は、私の入院中の担当看護師だ。
主治医の長谷川先生は病棟にしょっちゅう来られるわけではない。体調や精神面の、日々の細かい相談には病棟の看護師が乗ってくれるのだ。
「焦らずゆっくりね」
小さな手で私の背中をぽんぽんと軽く叩き、去っていった。
一週間以上経過し、部屋の患者さんとも挨拶をするようになった。鬱病なのは私だけで、皆さんは強迫神経症という病を患っていた。部屋の人々は小野田さんと堅苦しくは呼ばずウッピーとユニークな響きの名前を付けてくれた。
病気は違っても、生きにくさを抱えたもの同士、これまでいた世界とは違った感覚で付き合うことが出来た。
と言っても、急に人は変われない。相変わらず空気が読めないことに違和感を持ちながら、本を読み知識を付けることで解決を模索していた。