姉と妹Ⅰ
美幸が病院へ面会にやって来た。
彼女は長い髪を編み込みにし、バレッタでまとめていた。服装も春を先取りしてレモン色のプリーツスカートに、シンプルだが綺麗なシルエットのブラウスを纏っていた。
私は彼女のように髪を伸ばしたことがない。幼い頃からずっとボブカットだ。髪を結うことが下手なうえに、あまりおしゃれに時間をかけるほうでもないからだ。入院するまで、髪を結ったり着飾ることに、意味を見出せなかった。同室のお姉さんたちから化粧を本格的に教わって、初めておしゃれによって自信が持てたり楽しい心持になると知った。
「姉さん、顔色よくなったみたいね。それに雰囲気が変わった」
病棟のロビーで、私たちはソファーに向き合って座った。美幸は大きな二重の目を丸くして驚いている様子だ。彼女がそんなに驚く理由が私にはピンとこなかった。
「美幸は少し痩せたかな。元々細身なんだから痩せたら良くないよ」
「姉さんが入院している間に、家で色々あったんだよ」
ふてくされて私の言葉に答えた。そういえばいつも妹は、私に愛想が悪かった。
「母さんから少し聞いたよ、父さんと折り合いが悪くなったって。私に会いたいって言うし、どうしたの?」
私が切り出すと、美幸はゆっくり話しだした。
「四人でいたときには、私、お父さんとうまくやれていたんだ。姉さんが入院してから、家の雰囲気がぎすぎすしたものに変わっていったの」
「どういうことなの? あんなに三人は、仲が良かったじゃない。私が入る隙もないくらね」
実際父は妹をとても可愛がっていた。父を中心にして、彼女がご機嫌を取り、母は笑ってみていた。食卓で彼に一人だけ罵倒されている私を、彼女らはどう思っていたのだろうか? 家での居心地の悪さを思いだしていた。
「お父さんは誰かを貶めないと、きっと自分を保てない人なんだと思う」
妹は悲しそうに言った。その顔を見て、彼女なりに父を慕っているのだと感じた。
「今頃気付いたの?」
口を突いて出た言葉は厳しいものだった。美幸は、膝の上に置いたハンカチを強く握りしめながら、
「そうだよ。私も母さんも、結局姉さんを生贄にしていたんだよね」
彼女は喉の奥から絞り出すように言った。
あの美幸が、小賢しいとさえ思っていた彼女が、逃げずに疎遠だった私に正直に思いを打ち明けている。彼女の言葉を、すぐには受け入れられず心は激しく動揺していた。
「そうだね、家に私の居場所はなかったよ」
本音が漏れた。
「姉さんがいなくなって、お父さんは変わってしまった。私がいくらおべっかを使っても、おだてても無反応でぼんやりしているし、ぶつぶつ独り言を呟くようになって。急に黙り込んでしまったり……」
「そう」
父の意外な変化に驚きながら、やはり美幸は私に戻ってきて欲しいのかなと考える。
「姉さんが退院して帰ってきてくれたら、お父さんは元に戻るのかもしれない」
と言われた。悲しみが胸が溢れる。やはり私は家族にとってスケープゴートでしかないのだろうか。
「美幸、私に戻って来いって伝えるために来たの?」
ようやく一言発する。
「違う。そんなこと思っていない。私は姉さんに謝りたかったの」
私はまた黙り込んだ。
「ずっとずっと、姉さんを見殺しにしていてごめんなさい。謝ってすむことじゃないけれど、どうしても伝えたかった」
美幸は泣いていた。ぐしゃぐしゃのハンカチで涙を拭きながら、私の瞳をじっと見つめていた。




