臆病だった自分にさよならを
自分だけだった病室も四床全てうまった。デイケアの訓練が終わり、作業所に通所し始めた。
お姉さんがいた頃を懐かしく思う。時は流れるものだ。
作業所は喫茶店だ。スタッフの看護師さんが二人、利用者が私を含めて十人弱いる。デイケアのように生活訓練をする場所ではなく、就業を目指している人が多い。
通所初日から早速実践となり、私はウェイトレスを任された。メニューはランチが三種類とデザートセット・ドリンクメニューのみ。お客さんは、近隣の住民の方だったりビジネスマンだったりだ。価格の安さもあってかお客が途切れることはない。作業自体はデイケアでの訓練のお陰で、適度な緊張感を持ちながら、注文を取ることも配膳することも戸惑わず出来た。喫茶店の営業時間が終わり全員で洗い物をした。
利用者さんの中に四十代くらいの女性がいた。並んで一緒に洗い物をしていたのだが、私のお皿の洗い方を見てアドバイスをくれた。
「こうやって洗うのよ」
「こうですか?」
「そうそう、食器のふちは念入りにね」
「ありがとうございます」
私の作業が下手でも、その都度教えてくれる人がいてくれてよかったと思う。だがそれを面白くないと思った利用者さんがいたようだった。一通りの仕事が終わった後のミーティングである女性が、
「新人さんにピッタリ張り付いて先輩面をする人がいました。私はどうかと思います。あの人はいつもそう」
と発言した。驚いた私は、
「先輩面なんてとんでもない。凄く助かりました」
鋭い視線で発言した女性から睨まれた。まだ知らない人間関係があるのだろうか。苦手な状況だ。
「先輩から教えてもらえるのは新人として嬉しいです。気分を害することはないです」
おずおずとだが発言した。以前ならおっかなびっくりだとしても、反論できなかっただろう。
「じゃあ、いいですよ」
渋々だが引き下がってくれた。私はほっとしながらも不快になった。入院してから、しがらみのあるやりとりから離れていたからだ。新しい世界に突入だ。いや戻ってきたのかもしれない。
帰るときに、声をかけられた。私を睨んだ人だ。
「まともそうな人が入って来たと思ったのに。がっかりだわ」
と残念そうに言われた。腹立たしい。
「まともって何でしょうね? 失礼かもしれませんが、そういうのくだらないと思います」
「大人しそうに見えたけれど、あなた生意気ね。私だって、先輩なのよ」
年は二十代後半だろうか。面倒な人だと思ってしまう。
「気分を害されたなら、すいません」
頭を下げた。
「まあ、すぐ謝ったから許してあげる。小野田さんだったかしら、先輩として色々教えてあげるから」
と彼女は言った。
「未熟者なので、教えてくださると嬉しいです」
意外な展開に戸惑いながらも、角を立てないように対応できた。
初日を振り返ると、振る舞いが大胆だったなと思う。高校を中退してから、人付き合いに臆病になっていたのが変わったものだ。
作業所に通所していると、病院では知らなかった難しく嫌な面を知る。だが利用者さんと衝突しながら、関係を深められている。それは悪くはないだろう。




