課題Ⅲ
平田先生から、接客の作業訓練を提案されてから一週間後、喫茶『アムール』でウエイトレスとして働き始めた。
見習いの私と先輩ウエイターの宮崎さんの二人で、十数席をカバーしなければならない。注文をお客さんから伺い、調理のチームに伝達し完成した軽食やデザートを配膳する。ファミリーレストランに比べたら、メニューも座席数も比較にならないほど少ない。だから『なんとかなるだろう』という考えが甘かった。
まず、『いらっしゃいませ』の一言を笑顔で発することができない。初対面の人に、仕事でも声をかけるのは難しかった。アムールのスタッフが精神の病気を患っているのも知っていて、お客さんは喫茶に来ている。配慮もあるだろう。わかっているのに、緊張が声に顔に出てしまう。笑みを浮かべようとしたのに、顔の筋肉がかちかちになる。
最初だから注文は宮崎さんに任せて、配膳、お迎えとお送りの挨拶の仕事だった。それでも作業終わりまで、気持ちを保てそうになかった。見かねたのか、平田先生が私をキッチンへ手招きする。
「小野田さん、大丈夫ですが? よく頑張っていますね」
先生は私の肩を軽く叩きそう言って、深呼吸を促した。何度か吸って吐いてを繰り返すうちに、こわばっていた身体が緩んでいく。
「しんどかった」
ようやく一言発せた。
「大変だったでしょう」
先生は屈み目線を私に合わせた。
「初日からこんな風で、ウエイトレス出来るようになるのかな」
困難でも立ち向かおう、努力しようと思っていたのに挫けそうにもうなっている。我ながら情けない。
「大丈夫です。こうしてデイケアに来て、新しい役目に挑んでいるんですから。自分をきつい、しんどい環境に置くのはとても難しいんです。週に一回でも挑戦することが糧になって、少しずつ自信になりますから」
その言葉に勇気をもらった。
「残り時間、きちんと参加します」
後ろで一つに纏めた髪の結び目を締め直し気合いを入れる。
「作業終わりまで頑張ってください」
頷いて、宮崎さんと合流する。
「宮崎さん、迷惑をかけてすいません」
「迷惑なんて思ってないです。僕こそ自分の仕事に精一杯で、小野田さんの状況まで気が回らなくてごめんなさい」
「とんでもない。宮崎さんの仕事ぶりを見せてもらうだけでありがたいです。後半は挨拶だけでもできるように頑張ります」
「そうか。無理はしないで」
宮崎聡さん。一緒に接客をすることになって自己紹介をした際、大学生だと聞いた。短髪と切りそろえられた爪。細やかで大人しい雰囲気の人だと思った。けれど仕事の手際のよさと、お客さんの前でのはつらつとした振る舞いに驚いた。
私も彼のように接客できるようになるのか、道は険しい。平田先生の言うように、挑戦し続けていたら出口が見えてくるのだろうか。




