穏やかなとき
病室は、グリーンのカーテンで仕切られプライバシーが守られており快適だった。部屋の患者さんは、全員私より年上だった。
相当疲れていたようで、一週間は寝てばかりだった。部屋に運ばれてきた食事にわずかに箸を付けるだけ、お風呂も介助してもらわないと入れなかった。年頃の娘としては終わっていた。元気があるときはイヤホンでクラシックをよく聴いた。特にG線上のアリアが好きだった。
桜が散り始めた頃、長谷川先生が面談にやって来た。
「小野田さん、気分はどうだい。ご飯は少しずつ食べられるようになっているそうだね。担当の看護師さんから聞いたよ」
穏やかだが心配そうな声。私は通院中ずっと先生の声の表情に、気付くことがなかった。
「だいぶ休養はとれました。部屋も静かで過ごしやすいです。気が張っていたせいで眠れなかった頃よりずいぶん楽です」
先生の顔を見て淡々と答えた。
「そうかい、良かったよ。今はゆっくり休養する時期だからね」
私はホッとしリラックスできていた。
「小野田さん、今後揺れ戻しがあって再びきつくなるかもしれない。そうしたらすぐに言うんだよ、僕が捕まらなかったら看護師さんでいいから」
「揺れ戻しですか?」
どういうことか不安になり尋ねた。
「あなたは、とても疲れているんだ。だから思考も停止しているけれど、元気が出てくるとまた考え始めるかもしれない。僕も看護師さんもついているからゆっくり治療していこう。気になっていることはあるかい?」
「大丈夫です。とにかく眠っておきます。先生ありがとうございました」
「うん、またね」
またねか、こそばゆかった。ベッドに戻って、母が買ってくれた『カーペンターズ』のアルバムを聴く。私は眠りの中に落ちていった。