プレゼント
科学館を出るとすっかり空は藍色をしていた。過ぎていった時間がもう懐かしい。
「そろそろ幸ちゃんを、病院に送り届けないとね」
健一さんは、自身に言い聞かせているようだった。私はそっと彼の手を握った。顔を合わせられなくて、暗闇に紛れた自分たちの影を探しながら歩く。
朝、ナースステーションでデートに行くと宣誓したのに、もうすっかり夜だ。バスの窓から景色が流れていく。ただの家々のともしびが美しくみえる。この瞬間も思い出になっていくのだろう。
病院が近付いてきた。たくさん話した再会の一日、帰途は互いの存在を刻み付けるように黙っていた。繋いでいる手から好きが伝わればいい。
病院の前の街灯の下で、彼は手をより強く握りしめた。
「幸ちゃん、ありがとう。初めての外出デート、僕にとって特別だった」
「私も、健一さんとデートをしたことが信じられなくて、夢のようでした」
「これささやかすぎて恥ずかしいけれど、今の僕の精一杯のプレゼント。期待せずに開けてみて」
彼は鞄から大きくはないが、綺麗な包装紙とリボンのかかった袋を差し出した。
「ありがとうございます。なんだろう?」
袋を丁寧に開ける。中から私の好きなピンク色のグラデーションの花柄のハンカチが出てきた。凄く悩んで買ってくれたんだろう。
私たちは決して経済的に豊かではないし、まだ社会復帰への道も途上で不安も多い。それでも、互いに想い合う気持ちはたしかなのだと思う。
「ここでジュエリーでも出せれば格好も付くのかもしれないけれど、現実は厳しくてね」
健一さんは申し訳なさそうに笑った。
「いいえ、とても素敵な贈り物です。今までもらったもので一番嬉しいです」
「喜んでくれてホッとしたよ。君が愛おしい」
「健一さんは、いつも私を優しさで包んでくれます。だから貴方に幻滅されることが一番怖い」
「同じだよ」
「本当に?」
「お互いに、まだ深くを知らないのかもしれない。でも、君の気持ちに寄り添いたと感じている。僕は強くもないし、立派な人でもない。汚いところだってあるよ。だから君の純粋さや弱さに惹かれるのかもしれない」
彼が真っ直ぐ射貫くように見つめる。
「貴方がいてくれるだけで、私は頑張れます。淋しいとき辛いとき、必ず北極星を探します」
「まだ渡せるのは心くらいだけれど、君を支えられる力を持ちたい」
「私は支えられるだけでなく、貴方と支え合いたいです」
健一さんは、驚いたようだが私の言葉をしっかり頷いて受け止めてくれた。
ナースステーションまで送り届けて、彼は去っていった。
「また来ます」
と約束して。




