動かない星Ⅱ
プラネタリウムのシートに、並んで座った。平日のせいか、お客さんは少なかった。みなが薄暗いドーム型の天井を見上げ、輝く星を静かに待っている。健一さんのかたい関節を手のひらに感じる。そこだけが熱い。
注意事項の説明のアナウンスが流れる。いよいよだ。プログラムのタイトルは『冬の星座と神話』だった。
小学生の頃、星座の物語を好んで読んだ。夜空を見上げることも好きだった。叱られて辛いとき、家から閉め出されたとき、輝く小さな光を見ることは逃避でもあった。今の幸せが信じられず、光は涙で滲んでしまう。
星空への旅が終わり、私の顔を見た健一さんは驚いたようすだった。
「幸ちゃん、泣いてるの? 星の美しさに感動しただけではないのかな……」
彼は趣味のいいハンカチで涙を丁寧に拭ってくれた。
館内の喫茶店に入る。健一さんは、すぐウエイターに二人分の紅茶を頼んだ。私の前には、花柄の可愛らしいカップがあった。湯気の向こうにある彼の優美な仕草が、昂った気持ちを落ち着かせた。私は、紅茶に砂糖とミルクを入れ、ゆっくりカップを口元に運ぶ。一口含んで吹き出しそうになった。
「甘っ。砂糖を入れ過ぎたみたい」
「そりゃ、角砂糖を五杯も入れればね」
「なんで止めてくれなかったんですか」
「君がびっくりする顔が見たかったんだ」
と健一さんは悪びれず笑った。こんな顔を見せられたら、なにも言えなくなる。
「幸ちゃんの色々な表情を見たいな」
「そんなこと言うと後悔しますよ。すぐ泣くし怒るし、可愛くないし」
「僕にとって大きな問題ではないよ。構えないでほしいな。きっと、どんな君も好きだから」
また涙が溜まりだす。
「いいよ、泣いたって」
温かく懐かしさすら感じる声。嬉しさと少しの悔しさに涙よ止まれと念じた。
「せっかくプラネタリウムに一緒に来たのに、泣いてばっかり」
「いいんだ。僕は君と、北極星を見たかっただけなんだから。満足だよ」
「北極星?」
「そう。僕たちは遠く離れて、なかなか会えないよね。でもどの空の下にいても、互いに同じ星をみていると思ったら、少しは救われないかい。北極星は地球の地軸の上あたりにある。だからいつでも同じ位置で見付けられる」
「うん」
「旅人の道しるべになるんだ」
「道しるべ?」
「本当は側にいて互いに支え合えたら理想的なんだけれど、すぐにはできないから。気休めに過ぎないかもしれないけれど」
彼の言葉に、気遣いに胸がじんわり温まる。
「辛いことも怖いこともたくさんあります。今日、一緒に見た北極星を忘れません。進めなくなりそうなときは、空を見上げます」
「覚えていて。僕は君が好きだ。君のまわりにいる、他人に嫉妬するほどに」
初めて見る健一さんの、苦しそうな顔と言葉に驚いた。
「貴方が心にいるから頑張れるんです。人が入り込む余地なんてありません。私より似合いの人がいるんじゃないかって不安になるくらいです」
「僕の心を見せたいよ。どんなに幸ちゃんを好きで、焦がれているのか」
冷静な彼の情熱的な告白に、私の身体の中心が切なくなる。経験のない不思議な感覚だった。健一さんを好きになって、変わっていく自分。それすらも愛おしかった。




