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先生と私  作者: 綿花音和
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冬の恋人たち

 長い時間ではなかったのかもしれない。会えなかった日々を埋めるようにお互いの温かさを感じていた。健一さんからは石鹸の匂いが、かすかにした。私は、おしゃれのつもりで柑橘系のコロンを付けてきた。彼にも匂いは届いているだろうか。

「ごめんよ。びっくりしただろう、僕はダメだな。幸ちゃんの姿を見たら愛しくて」

 健一さんは、申し訳ないというようすだった。骨の太さを感じる腕から解放される。なに食わぬ顔で洋服の皺を伸ばしていたが、物足りなさも感じていた。もう少し、彼の腕の中にいたかった。私は欲張りだ。

「そんな、気にしないでください。健一さんにやっと会えたって、ここにいるんだって夢のように嬉しかったです」

 彼だけが会いたかったのではないと伝えたかった。触れたかったのは、自分も同じだったのだから。

「幸ちゃんは、きれいになったね。まっすぐな素直さと強さはそのままに、顔つきに柔らかさが加わった気がする」

 私の手を優しく握りながら言う。手を再び繋ぐ。その行為は神聖なものに思えた。

「ちっともきれいになっていませんよ。なにも変わっていないです。褒められると逆に恥ずかしいです」 

「きれいだ。どう言おうと事実だよ」

 健一さんは、私の手を引きながらゆっくり歩む。二人とも手袋をしていなかった。とても寒い冬の朝だったが、彼の手は温かかった。

 

 しばらくなにも言わずに彼の存在を感じたかった。病院を出るまで二人とも言葉を発することはしなかった。

 病院の敷地を出ると、健一さんから、

「幸ちゃんを連れて行きたいところがあるんだ」

 と言われた。どこへ行くのだろうと思ったが、彼の計画に乗るつもりだった。


「まずは初詣に行こうか」

 健一さんに誘われ、久しぶりに神社へ行く。家族とはもう長いこと一緒に年を越したり、新年を迎えたりしなくなっていた。せっかくの初詣、彼にお参りの作法が怪しいことを相談した。

「大丈夫、どんな気持ちで参るかが大切なんだよ。一年間のお礼と、今年もよろしくお願いしますって挨拶に行くんだ。境内に看板もあるから、そのとおりにすればいいよ」

「失敗して神様を怒らせないかな」

 そう言ったら、なぜか健一さんは目尻に皺をつくって笑った。

「心根を神様は見抜いてしまうだろうから、幸ちゃん、きっと多少の間違いは許してくれるさ」

 その言葉に、気が楽になった。

 病院から歩いて三十分ほどの氏神様が祀ってある神社へ向かう。道すがら、彼は色々な質問を、私にした。ずっと、心配してくれていたのだ。


「デイケアは大変じゃないかい?」

「情けないことに、最初は缶切りも扱えなかったんです。戸惑いましたが、きちんと教えてくれる先輩がいたんです。彼女とは友達になりました。難しいと思ったり、恥ずかしいと感じたり、辛いときも多かったです。でもまわりの人に助けてもらいながら、やっと最近、決まった役割を果たせるようになってきました」

 じっと聴いていた彼は、ホッとしたようすだった。それから私の髪の毛を、反対の手で撫でるようにくしゃくしゃにした。

「何をやっているんですか?」

 私の抗議に対し、面白そうにメガネの奥を悪戯っぽく輝かせ、またくしゃくしゃとする。

「愛情表現だよ」

『そういう冗談は好きではありません』言おうと思ったら目的地に着いてしまった。冬の道も、好きな人と一緒なら楽しいのだと感じていた。 

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