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先生と私  作者: 綿花音和
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ぬくもり

 お姉さんたちが退院して一人になった病室でぼんやりしていた。三人娘は贈りものをくれた。メッセージに彼女たちの住所、メールアドレス、携帯の番号が添えてあった。


『退院して離れても、ウッピーのことは忘れんし、心の支えや。あんたがいてくれたお陰で楽しかった。もし困ったことがあったら、いつでも遠慮せんと連絡しいな』 


『頑張り屋のウッピーへ。もう少し自信を持っていいと思うよ。傷付きやすいけど、前を向いて頑張っているあなたに、力をもらっていたよ。とても感謝してる、ありがとう。恋の悩みならお任せだよ』


『ウッピー、私、治療が辛くてめげてしまった夜が何度もあった。そのたびに、打ちひしがれてる君の姿をみて辛いのは、決して自分だけじゃないって気付かされた。勇気をもらっていたんだ。これからも迷ったり、しんどいことがあると思う。忘れないでほしいのは、君のことを心配している人がいること。頼りにならないかもしれないけれど、一緒に悩むことは出来るから」

****** 

 それは思わぬプレゼントだった。病室で偶然ひとときを過ごした一人として、彼女たちの記憶から、やがて自然と抜け落ちていく存在だと思い込んでいた。お姉さんたちは、大切な存在だったけれど、まさか彼女たちがこれほど私の心配し、これからも繋がりを持ち続けようとしてくれていたのは、どう表現すればいいかわからないくらい嬉しかった。

 たくさんの親切と思いやりの跡があったにもかかわらず、信じ切れず勝手に諦めていた自信のなさをどうにかしないといけないとも感じた。


 もう数日で、健一さんが会いに来る。待ちわびた日が、近付いていた。丸眼鏡の奥の穏やかな湖面のような眼差しを向け、私の手を宝物のように握ってくれた大切な人。二人の距離は物理的には離れていたけれど、できる限りメールのやりとりを続けていたし、心は近くにある気がしていた。

 健一さんが退院してから、三ヶ月以上が経っていた。淋しいときもあったが、『治療に励めば、彼に相応しい人になれるのではないか』と考え、必死でこれまで過ごしてきた。側にいなくても、大切な人の存在はそれだけで、大きな支えになるのだと実感していた。

 

 一月七日。

 健一さんは、トレンチコートに白いマフラーをまとい現れた。彼の姿を見るなり、走り出したい衝動に私は駆られた。恥ずかしいが、抱き付きたかったのだ。初めての感覚に戸惑う。

 すると彼がゆっくりと近付いて、私の手を強く握った。


「幸ちゃん、やっと会えた。明けましておめでとう」

 久しぶりの生身の健一さん。

「明けましておめでとうございます。健一さん」

 新年の挨拶をかわすことができた。それだけで今年は素晴らしい年になる気がした。ゆっくり、手を繋いだまま、私たちはナースステーションに向かう。

「水上さん、外出届を出していましたが、三ヶ田さんと出かけてきます」

 私は顔を赤らめながら切り出す。健一さんの手のひらのぬくもりが伝わって、落ち着かなかった。

「お久しぶりです。今から、小野田さんとデートしてきます」

 彼は、はっきり『デート』と看護師さんに宣言した。ますます、顔が熱くなる私。一礼し、病棟から出て、健一さんに歩幅を合わせてついていく。

 廊下から外れた柊の木の陰で腕を引き寄せられ、包み込むように軽く抱きしめられた。

「健一さん!」

 抗議とも喜びともつかない声が出た。私は驚きながらも、拒むことはしなかった。ただ、彼のぬくもりが心地よかった。

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