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先生と私  作者: 綿花音和
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お姉さんたちの名前Ⅰ

 病室で過ごす大晦日。ほとんどの患者さんは、年末から年始にかけて家族と過ごすため実家へ帰省する。私は、病棟に残った。

 母から、電話で年末の過ごしかたについて相談があった。

「幸、お正月だけでも帰ってくる? お父さんも、美幸も淋しがっているわよ」

 彼女は、家族に従順だが、嘘を吐く人ではない。父とは前回の面談で激しいやりとりをしたのに、意外だった。彼がどういう気持ちでいるのか、見当が付かない。美幸にいたっては、夏の家族面談から全く会っていない。苦手意識もあり自分から、連絡もしなかった。

 結局、また衝突して調子を崩すのが怖かったので、

「お母さん、年末年始は帰らないよ。あえて、家族団欒に水を差すこともないだろうし」

 意地の悪いことを言ってしまった。

「そう。あなたが病院のほうが落ち着くなら、それが一番ね」

 私の悪意を聞き流した母が、穏やかな声で答えた。

「お母さん、ごめんね」

 なんだか母をいじめてしまったような気がして、胸がちくりとした。電話口で、私はいつのまにか頭を深く下げていた。

 

「ウッピー、今年は世話になったな。でも、もうすぐお別れなんやな。強迫三人娘もついに解散、この四人部屋ともお別れか……」

 関西のお姉さんが、感慨深げに言った。『強迫三人娘』。彼女らの名前も私の名前も病室の入り口に、ネームプレートに記載され貼ってあった。だが、私たちは名前で呼び合うことをほとんどしなかった。昔観た洋画に猫に『CAT』と名前を付ける主人公が出てくる物語があった。情が移るから、あえて特別な名前を付けないというようなことを言っていた。

 

 お姉さんたちは退院するが、強迫神経症とは長い付き合いになるようだ。社会に戻れば精神科に入院していた経験を伏せなければ、生きにくいのかもしれない。退院を前にして、お姉さんたちも不安を抱えているのは、鈍い私にも感じられた。

 私たちの結びつきに名前のやり取りがなかったとしても、一緒に過ごした十ヶ月は、間違いなくこれからの生きる支えになるだろう。彼女らの優しさを決して忘れない。

 だから、クリスマスカードにはしっかり彼女たちの名前を書いて、感謝の言葉をしたためた。退院したら、もう会えないのかもしれない。病棟では絶対に写真を撮らない患者さんもいるから、精神科は特別な場所なのかもしれない。戻ってこない方がいい場所。

 中にいる人にどんな事情があったとしても、経緯は問題ではなく、ここにいたのは隠すべきなんだと。そう考える自分が嫌で、たまらなく悲しかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幸ちゃんがお母さんとのコミュニケーションで、意地悪を言ったことに対しての優しい返答に、素直に謝罪したことが彼女の成長なのだなと感じました。 [一言] 「気になる点」とは少し違うのですが。 …
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