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先生と私  作者: 綿花音和
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傷痕

 父と面談をしてから、身体に変化があった。鏡をみるのが、怖くなったのだ。

 手鏡をみながら髪をかすこと、化粧は入院してから好きになりまた習慣でもあった。化粧は関西のお姉さんがプレゼントしてくれた『初心者のためのメイク入門』を、読んで覚えた。自分なりに顔を整えることは面白くて楽しかった。なのに、鏡をみると自身の顔が酷く不快で頭痛がしてくる。かなりしんどい。同室のお姉さんたちの退院が迫っていた。にもかかわらず、私はカーテンを閉じ、ひきこもりがちになった。彼女らは、あえて声をかけずに見守ってくれているようだった。

 

 頭では理解したつもりだったが、身体が父とやり合ったストレスに負けそうになっていた。洗面所でも鏡越しにうつる私を見れば、歯ブラシを動かす手が止まってしまう。気味が悪かった。彼に似ている小さな目も、低い鼻も、奴の輪郭と重なる。生理的嫌悪だった。

 

 凪いでいた気持ちが再び揺れだしていた。水上さんもすっかり様子が変わった私を心配して、

「小野田さん、きつそうやね。なにかしてほしいことがあったら、遠慮しないで言うんよ」

「水上さん、大丈夫。ちょっと疲れたんだと思う。このあいだの面談は激闘だったから」

 強がった。

「無理して笑わんと。先生にも調子が悪いこと伝えとくから」

 彼女は間仕切りのカーテンをそっと閉めた。

 

 ******

 

 化粧ができなくなっていった。いくら上塗りしても、父に似た面差しを変えられないのが虚しかった。

 夢をみた。私は、化粧をし、可愛らしいワンピースをまとい、健一さんとデートしている。一緒にいるのが楽しくてしょうがない。遊園地に行き、ミラーハウスに入った。自分の姿が反射してたくさん複製される。健一さんと手を繋いでいたはずなのに、いつのまにか、はぐれて一人ぼっち。いくら進んでも、そこから出られない。残された不安と、鏡の中の、自分が自身をみつめている居心地の悪さに、気が狂いそうだ。

「健一さん、助けて。どこにいるの? 出てきて、助けて!」

 私は、鏡を割って手から血が流れるのも構わずに、必死で健一さんを呼んでいた。

「幸ちゃん、こっちだよ」

 探し疲れ座りこんだら、彼の穏やかな声が聞こえた気がした。


「ウッピー、大丈夫か?」

 顔をしかめたお姉さんたちが、間仕切りのカーテンを越え、私の手をしっかり握ってくれていた。

「夢?」

 呟く。

「うなされて、大声で三ヶ田さん呼んどったから何事かと思って、すっとんで入らせてもらった。落ち着きな、みんな側にいるで」

 関西のお姉さんが、手のひらをさすってくれる。

「恐ろしい夢をみたの。怖くて悪寒がした。気がおかしくなりそうになった。健一さんの声が聞こえた気がして、やっと夢から脱出できたの」

 彼女は、厳しい顔をして私に言い聞かせた。

「三ヶ田さんも私たちもいる。ウッピーの周りにはあんたを大切に思っている人がたくさんいるんだよ。それだけは、忘れんといてな」

 彼女の思いが伝わってきて、胸が熱くなった。

「ありがとう」

 深く頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミラーハウスは追い詰められている感じが上手く出ていて、よいアイデアだったと思います。 賢一さんも結構長いこと会えていないし、見失ってしまいそうですよね、本当に。
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