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先生と私  作者: 綿花音和
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糸口

 面談の日、父と一緒に母も来てくれた。前回会ったときより、やつれた気がする。病室には先生と家族で入った。担当看護師の水上さんは、心配して同席しようとしてくれたが、気持ちだけ受け取った。

 拒絶することで自分を保っている日々に、さよならをしたかった。父と向き合うなら傷付くだろうが、真剣に正面からぶつからなければ。

 彼は私を見ても声をかけあぐねていた。そのかわり母に、昨日の仕事は忙しかったが俺だから時間内にトラブルを解決できたというような話を続けていた。

「お父さん、こんにちは。久しぶりだね」

 さりげない風をよそおう。

「おおう、幸。体調はどうだ?」

 彼はぎこちない様子で答えた。

「調子はいいよ」

「そうか。よかったな」

 短いやりとり。

 母に目をやると、顔色が優れない。

「お母さん、前より痩せたんじゃない。ちゃんとご飯食べてる?」

「うん、ありがとう。食べているよ」

 彼女は控えめな笑顔をみせた。

 

 先生が説明する。

「今回は小野田さんがお父さんと話したいという強い希望があり、面談を設けました。忙しい中、きてくださり感謝しています。気がねなく、私はいないと思っていただいてかまいませんので」

 するとデスクの上の電子カルテを開いて、私たち家族から目を離した。


 父が、

「幸はどうして俺に会いたいと思ったんだ?」

 と訊いてきた。

「聞きたいことや、言いたいことができたからだよ」

 緊張しながらも、おどけた口調で答えた。

「聞きたいことって、なんだ? 文句があるなら言ってみろ」

 家庭内でそうだったように威圧してくる。私は怖くなかった。だから、感情を抑えて言葉を発した。

「お父さん、いつも働いて私を養って、入院させてくれてありがとう」

 伝えたかったことだ。彼は顔の筋肉がひきつるほど驚いていた。

「やっと気付いたか」

 その言葉に調子をよくして父は、満足そうな表情を浮かべた。 

「そう。やっと私、気付くことが出来たんだよ」

 父を見据えて言った。目を合わせて自分の思いを吐露するのは初めてだろう。

 声と表情に違和感をおぼえたのかまた父が構える。そして意外なことを言われた。

「幸。お前はなんで俺に懐かないんだ。やっぱり、見下しているのか? 俺のことを、うだつの上がらない自衛官だと思っているんだろう」

 びっくりした。私にすら、コンプレックスを抱いていたのか。つくづく似たもの親子だ。目眩を感じながらも、容赦せず言葉を紡ぐ。

「お父さんは、私のことを怒鳴ったり殴ったり、虫の居所が悪いとき、よくあたり散らしていたよね」

「うっ」

 言葉に詰まる父。心当たりくらいはあるのか。少し救われた。

「そんなことして、子供が懐くわけないじゃない。私はつらかったし、自分は、いてはいけないんだって感じていったよ。どうして、そんなに私が憎かったの? 空気が読めないから。お父さんのほしい言葉がわからないから。みててイライラしたのかな? 特に、昇進が上手く出来なかったときは風当たりが強かったし」

 

 私は冷静に指摘していく。手心を加えたら彼を見くびっている気がしたのだ。父と対等に向き合いたかった。

「なにが言いたい!」

 父の顔が赤黒くなって心を怒りが支配しているのがみてとれた。

「覚えているよね。私を叩いていたとき、お父さんの手だって痛かったはずだよ。そうしないと進めないくらい仕事大変だったんでしょう。私は高校を辞めることができたけど、仕事は辞めることができないもんね。お父さんがどれだけ大変だったか入院前は気付くことすらなかった。愚かだったよ」

 父は全身を震わせながら、頭を抱えてしまった。

「幸、もう止めてあげて。お父さんは弱い人なの。これ以上は壊れてしまう」

 母が助け船を出す。

「うん、言い過ぎたかもしれない。それでも私、これからもお父さんと話すよ。これからを変える唯一の方法だから」 

 そのとき父が、抱えた頭を起こし私に向きなおった。

「俺は思う通りに、家ではふるまってきた。当然の権利だと思っていたからな。それがどれだけお前に負担を強いていたか、思いもよらなかった。考えたことすらなかった。俺も愚かだったのかもしれない。それでも気持ちがついていかない」

「またでいいから。私も言い過ぎたかもしれない」

 長谷川先生が、ゆっくりこちらに体を向けた。

「また機会を持ちましょう。来年にでも」

「そうだな」

 まだ雪解けは遠いかもしれない。でも糸口くらい掴みたかった。

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