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先生と私  作者: 綿花音和
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変化の予感

 デイケアが休みになり、めぼしい行事も終わったが、週三回の入浴、金曜日のシーツの取り換え。三度の給食、病棟の日常は続いていく。喫茶活動ができないのは残念だったが、そのかわり冬休みは自分と向き合う、よい機会になった。

 病室のお姉さんをはじめ病棟の人はみな優しい。けれど、ずっと一緒にはいられない。当たり前で重要な事実を、悩みながらようやく理解した。ウッピーと名付けられた日が懐かしい。ずいぶん遠く思えた。

 環境の変化に備えて、一人で行動することも増えた。このごろは心が静かで、触れたらひんやりすると思えるほどである。

 憎んで恨んで、苦しかった日々が溶けて、濁っていた目に徐々に光りが戻っていく。家族と物理的な距離ができ病棟の中で守られているおかげで、こじらせた思春期を卒業しつつあるように思えた。

 

 父と話をしなければと、自分から考えるようになった。彼と話した結果、平行線、悪ければする衝突する可能性もある。正直、話すことを考えるだけで怖いし、気分も悪くなる。だが、傷つくからと避けていたら、変わることはできない。面談で切り出した。 

「長谷川先生、私、父と話すチャンスが欲しくなりました」 

 先生に現在の状態を説明し終えると勇気を出して言った。

「お父さんと面会したいか。どうなりたくて話をしたいのですか」

 先生の椅子と私の椅子の間の距離を詰め、顔をしっかりみて訊ねる。

「父は天敵でラスボスで憎む対象です。それでも私が背を向けてばかりでは、きっとこれから前に進めないと思います」

 先生は顎髭を触りながら、黙り込んだ。長い時間に思えたが、彼は口を開いた。

「決意は固いか。小野田さんの思いが伝わってきたよ」

「全力で、自分を保てるように努力します。それでもご迷惑をかけるかもしれません」

「好きなだけやり合ったらいいと思うよ」

「ようやく少しずつですが、自分の嫌なところや、恥ずかしい面も受け入れられるようになりました」

「小野田さんは、入院前からずいぶん変わったよ。世間でいう大人に近づいたのかな。むしろ何かを乗り越え、手に入れた強さなのか」 

「そうでしょうか? 自分では、そうたいそうなものではないと思います。今までは、顔や性格に特別な嫌悪感があったんです。今は、それなりに化粧も好きになりましたし、日記を書くのも苦痛ではなくなってきました。自惚れているかもしれませんが、自分を好きになってきた気がします」

「とてもいい兆しだ。僕らはあなたの回復に向けて、全力で治療をしていくからね」

「ありがとうございます」

「それに医者としてだけではなく、応援しているから」

 嬉しかった。私は、ここに来てよかったのだ。先生の言葉を受けて感じた。

 

 父と接点を持つことは挑戦だ。夜繰り返し考えてきた。本人にとっての事実が必ずしも他人にとっての真実ではないということ。思い込みというのが、最たる例だ。私にとっての事実が父の真実とは限らない。また彼にとっての偽りが私にとっては真実だということもあると感じた。交わらなくても、二人のグラフが近付くことはあるかもしれない。諦めたら終わりだ。

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