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先生と私  作者: 綿花音和
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呪縛という免罪符

 父が憎い。彼を恐れるあまり、常に顔色を気にして、自分を殺し生きてきた。もし父とありきたりな会話ができていたら、私の家族が普通だったなら、こんな風に人生に失敗するはずはない。そう信じてきた。

 だが入院してから、自身に不本意な結果を迎えるだけの原因があるのではないかと思い始めている。心の底から父の存在を、否定しきれない。どこかで彼の関心や愛情を求めていたのだろう。ありきたりな会話を、妹みたいに自然にしたかった。

 

 周囲の人々が羨ましく、惨めな自分を忘れるために一生懸命勉強した。父に成績表をみせると、返答はいつもほぼ同じ。

「こんなものか。俺の学生時代はもっと優秀だったな」

 一言で切り捨てられ、もろいプライドは何度も壊れた。周囲を見返したいだけではなく、優秀だったら、父が認めてくれるんじゃないかという淡い期待があった。あきらめの悪い自分の浅ましさが、悔しくはがゆい。

 本音では、彼に期待をしていたのだと思う。努力するのは、愛情という見返りを求めていたからではないか。自分をどんなかたちでもいいから認めてほしかった。その一心で行動していた私は、子供だった。妹の美幸はおべっかを使いながらも、両親と楽しそうにすごしているようにみえる。軽蔑しながらも羨ましかった。見返りを求め失敗すると、彼を完全に拒絶し、自分は悪くないという安全な思考に逃げ込む。父に、自分から笑顔を最後に向けたのはいつだったか。

 

 高校に入ってクラスの輪に入ることができず、心労から瘦せ細った私を、心配してくれたクラスメートがいたような気がする。心を閉ざしていたとはいえ、彼らに対し『憐れんで優越感に浸ってるんでしょ』くらいにしか感じなかった。あのときああしていればと考えるのは、有益ではない。ただ自分から歩み寄るチャンスを見逃していたのは、愚かで悲しいことだと思う。

 

 命綱を切るのはいつだって私だった。被害者でいたほうが楽だ。そうやって自分を守ってきた側面もあるのだと認めざるをえなかった。思いのままをいつも綴っている大学ノートを閉じてシャープペンシルを置き、欠伸をした。クリスマス会が終わってから、自分の時間が落ち着いてとれている。ちょっとした冬休みだ。


 人の心はわからないし、自分の心の在りようさえ理解することはできないようだ。この病棟に入院して思い通りにならないことがどれだけあるか知った。それから未熟な自身を認めることが恥ずかしくても、存在自体が大切だと、かかわった人々から教えてもらった。

 父に認めてほしい、愛情がほしい、自分は愛されるべきだ。それこそが、私を縛っていた呪いなんだ。

『近頃は悩む日々です、私ってしょうがないな』

 健一さんにメールを送信していた。彼の顔が浮かんできたから。

『幸ちゃん、どうしたの』

 返信がすぐあった。

『考える時間が増えたから、これまでを整理して考えていたら苦しくなってた』

『そういうの、僕もあるよ。考えるのは悪いことじゃないと思う。けれど、苦しくなるまではよくない。甘いもの食べてごらん。ひとまず考えることから離れて。僕もお茶にするよ、一緒にお茶会しているつもりで』

 不思議なお茶会だ、懐かしさが込みあげる。

『嬉しいです、ありがとうございます』

『うん』

 健一さんに感謝した。離れていても心が繋がっているか。

 もうしばらく諦めず、まず自分を好きになろう。なけなしの勇気が湧いた。


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