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先生と私  作者: 綿花音和
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クリスマス

 クリスマスの朝、普段より早く目が覚めた。静けさに、自分だけしか病棟にいない気がする。ほんの少し窓を開ける。冷気が清々しい。

 起床時間を過ぎ、徐々に患者さんの息づかいがきこえてくる。手洗い場が混雑し、いつも通りの病棟の日常が始まる。

 だが今日は『クリスマス会』がある。催しが少ない入院生活では特別な日。苺ショートが食べられるとか、楽しいだろうレクリエーションにも興味はなかった。ただほとんどの患者さんがうきうきしているのは悪くなかった。人が楽しい顔をしていても以前は何も感じなかったのに。私は変わった。

 

 会場づくりは、看護師さん、作業療法士さん、調子がよい患者さんらで設営した。私も参加した。同室の友人たちとツリーの飾り付けを担当する。

 不思議なもので、松ぼっくりに、きらきら光るボール、LEDの電飾をわいわい言いながら配置していると気分が盛り上がってきた。 

 これまでお姉さんたちは、症状が酷く、なかなか病室から出てこれなかったが、クリスマス会の準備ができるくらいに、汚れに対して抵抗力が培われたようだ。初めて一緒に作業ができた。

 

 ロビーに人が集まり始めた。病室から滅多に出てこない人も、きちんとした身なりで着席する。クリスマス会の司会は立候補した患者さんが、職員に見守られなから台本にそって進行する。

 レクリエーションは伝言ゲーム。げらげら笑うような趣向ではない。病室に戻ろうかと思うが、全員参加らしい、こんな簡単なゲームを楽しめるなんて不思議だ。

 

『赤鼻のトナカイ』を合唱する。おどけた歌詞をかみしめて歌う。もしかすると来年は、病棟にいないかもと考えて淋しくなる。私の鼻も赤くなっていたかもしれない。

 食事どきになり、苺ショートとシャンメリーがふるまわれる。シャンメリーは飲んだことがなかった。甘ったるいがおいしかった。一時間半程で、クリスマス会は終わり、それぞれの病室に戻っていく。


「思ったよりいいもんだったな」

 関西のお姉さんの感想。

「クリスマスツリーを飾ったの初めてでしたし。お姉さんたちと飾り付けができて嬉しかったです」

「ウッピーも柔らかい顔をするようになったしな」

 彼女がにこやかに言う。

「ありがとうございます」

 照れてしまう。


「私な年明けを目途に、退院する予定なんだ」

 そうお姉さんが私の顔をみて言った。

「おめでとうございます」

 動揺したが心の底からよかったと思う。

「ありがとうな、ウッピー。余計な世話かもしれんけど、あんたのこと心配してたんや。これからもお互い苦労があるやろうけど、生きてさえいればなんとかなると思ってる。あんたと同じ部屋でよかったよ」

『生きてさえいれば』彼女の言葉に、らしいなと出会った頃を思い出し懐かしくなる。他のお姉さんたちも、一月中には退院するそうだ。

 自分の治療で精いっぱいのはずなのに、私を見守ってくれていた年上の友人。感謝を込め、クリスマスカードにメッセージを一人ずつ用意していた。

 

 水上さんが、病室に入ってきた。

「小野田さん、三ヶ田さんから郵便物です」

 胸が高鳴る。ヒューヒューとはやす声もカーテン越しに聞こえてくる。

「ははっ」

 大げさな仕草で封筒を受け取る。

「配達完了」

 水上さんはスッと去っていった。

 

 赤い無地の封筒には、丁寧な小さめの文字で私の名前が書いてあった。はやる心を押さえつけ、ゆっくりのりを剥がして封筒を開ける。

 白地に大きな赤いポインセチアをモチーフにしたクリスマスカードを取り出した。


『幸ちゃんメリークリスマス! 楽しく過ごせていますか。メールではほとんど毎日、連絡を取りあっているけれど、こうして肉筆でカードを送るとこそばゆいね。僕はデイケアに通い、強迫神経症の治療に向き合っています。辛いことが多い。けれど、君も頑張っているから心を奮い立たせることができる。離れていても、心が通じていれば寒くないね。

 といっても、君に会いたくて仕方ない自分もいます。こちらで治療に励み、めどがついたら会いにいくよ。だから頑張り過ぎて体調を崩さないようにしてください。二人で出かけられたら、それ以上に嬉しいことなんてないから。いいクリスマスを過ごしてね』

 何度も読み返す。彼が書いてくれた一文字、一文字が宝物だった。





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