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先生と私  作者: 綿花音和
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ラベリング

「ぜんざいを作るのがうまくなったね、幸ちゃん」

「ありがとう、こんなにぜんざい作りが楽しくなるなんて思ってなかった」  

 千里ちゃんに褒められた。むちゃくちゃ嬉しい。彼女の指摘は『自分はなんでも容易くできる』という、私の中に隠れていたみっともないプライドを壊してくれた。そのおかげで、苦手な作業に向き合うようになった。彼女が一緒に作業してくれる。だから出来ないことにストレスを感じながらも、努力を続けられる。そばに、友だちがいてくれるだけで心強い。


「クリスマスは実家に外泊するの?」

 千里ちゃんは気がかりなようすだった。

「病棟で過ごすことになりそう。母さんにクリスマスカードくらいは、出すかもしれないけど。もともとクリスマスに特別なことをしない家だから」

 帰れないのは仕方がない。わかってる。心配してくれる友だちがいるだけで充分だ。

「そうかぁ。私はお父さんと一緒にクリスマス」

 クリスマスが心から楽しみなんだろう。いつだったか、千里ちゃんに父子家庭だと打ち明けられた。淋しそうではあったけれど、『お父さんがいるから大丈夫なんだ』と凛としていた。

 彼女が淋しさを受け入れるために、どれだけのものを乗り越えてきたのか。私は家族を憎みながら、理解してほしいと望んでいる。そのくせ千里ちゃんを羨ましいと思う。恥ずかしい。

「クリスマス何をするの?」

「ケーキ食べて、シャンメリー飲むでしょ。なんといってもプレゼント交換が楽しみなんだ」 

 はしゃぐ彼女をみて、自然と『ふふふ』と声が漏れる。

「子供っぽいって思ったでしょう、私のこと」 

 千里ちゃんと友だちになってから、気付いていたのに見ないふりをしていた短所や弱点に、思い当たるようになった。彼女は得難い存在だ。デイケアも喫茶活動も冬休みに入るけれど、親友が楽しい冬を過ごせるようにと心から願う。

 

 活動終わりのミーティング。怖いと思っていたメンバーさんも顔馴染みになり、言葉を交わすようになった。

「君は、若いんだからこれからだよ」

 おじさんから励まされる。病院の散歩中、ちょうど彼がランニングするところに出くわすと挨拶をし、お互いに歩調を合わせ、『くろ』の側で世間話をすることもあった。少しずつだったが、外部の人と入院した頃と、違う関係を築けるようになった。

「また来年! 幸ちゃん」

「来年もよろしく、千里ちゃん。早いけれど、いいお年を」

 デイケア棟の出口で、帰ってゆく彼女に手を振る。そのとき大きな声で、

「幸ちゃんがデイケアに来てくれて、会えてよかった。ありがとう」

「こっちの台詞だよ」

 たくさん感謝を伝えたかったけれど情けないことに、泣いてしまいそうでそれだけしか返事ができなかった。

 

 病棟へ帰る途中で、作業療法士の平田先生と一緒になった。

「デイケアにずいぶん慣れましたね。最初は凄く緊張していたから、心配でした。小野田さんが頑張る姿をみてきましたが、短い間にぐんと成長しましたね」

 彼は、私をみて何度も頷いた。

「周りの人のお陰です。病棟でも進んでいる感覚はありましたが、デイケアに行ってから人との関わり方と物事に対する姿勢が変わったと思います」

 と振り返る。


「人は他者と関わって、自分の特徴や価値を認識するのかもしれません。あくまで相対的なものには違いないでしょうけれど。小野田さんにとって世界が広がることは、ときには恐ろしくもあったでしょう。僕も、新しい環境に飛び込むのは怖いです。先生なんて呼ばれていますが、優れた人間でもないし特別な人生を歩んでいるわけでもないのです」

 先生は、静かに語ってくれた。意外に思う。国立の病院に勤めているしっかりした人。眩しささえ感じる整った横顔からは想像できない。

「先生方が特別じゃなかったら、誰が特別なんでしょう?」

 私は訊ねた。

「特別であること、人より優れているかどうかは本当に重要なのでしょうか? 大切なのは自分が幸せか、どう生きているかだと思います」

 彼の答えに、また恥ずかしくなった。私はどれだけ人を格付けするのが好きなんだろう。首から上が熱くなる。

「自分が情けないし、みっともなくて消えてしまいたい。人が羨む人生をどうしても歩みたいんです。踏みつけた奴らを見返してやりたいって」

 興奮した私の肩を、軽く叩きながら先生は言う。

「僕も知らないうちに他人をラベリングしています。だから常に自分を戒めなければと、ここにいると考えます」

「病院の中で、ですか?」

「そうです。小野田さんも入院中だから、気付けることがまだあるはずです」

 病院にいられるから、探せるものがあるのかもしれない。先生の励ましに頷いた。

 

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