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先生と私  作者: 綿花音和
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兆し

 母との面会がきっかけで、デイケア活動以外の日は『家族について』記憶を辿り、箇条に書き出していった。大学ノートに毎日少しずつ、幼い頃から入院までの彼らとの関わりを振り返る。恨み言ばかり語っていた頃にくらべ、胃がきりきりしていた。でも、それは自分と家族を深く知るために必要だと感じた。

 長谷川先生と面談で、家族について振り返って書いていると大学ノートを差し出した。先生は驚いたようだが、すぐに、こちらがホッとするような柔らかい表情をした。


「また前に進むことができたようだね、小野田さん。正直、家族になんらかの問題を持つ人は昔から多いのだと思う。僕自身、それに蓋をしたり折り合いをつけて生きていくのが、大人のやり方だと思っていた。実際やり過ごしてもきた。それは、傷付いた人の心を守るのに必要だ。あなたの診断し始めて、主治医としての命題は、まず家族への深く辛い思いを軽くすることだった」

 暖房が効いているとはいえない、冷えた古い面談室で二人向き合う。 


「先生が入院させてくださったから、私は生きる力を少しずつ取り戻せています。病棟の生活で慰められること、傷付くこと両方あります。それがいびつだった心をゆっくり溶かしているんだと思います。家族に向き合うのは無意識に避けてきました。思い出すと腹立たしく、痛みを覚えます。そんなに、前進しているかといえば実感はないです」

 私は彼にお礼し、戸惑いながら家族と自分の人生に向き合っていると告げた。


「それは仕方がないと思うよ。ただ約束をしてほしい点がある」

「なんでしょうか」

 先生の真剣な顔に緊張して、尋ねる。

「家族と向き合うのに無理し過ぎないようにしてほしいのが一点目。二点目は、振り返り思い出した記憶に白や黒の意味づけをしないでください」

 伝え方はいつも通りで、淡々としていたが、表情が硬かった。

「私、無理をしようとしてもできない性分だから大丈夫ですよ。それにしても、二点目の物事に白黒つけてはいけないのはなぜでしょうか?」

「そもそも無理ができない性質なら、病んでいないよ。小野田さんは物事に真っ直ぐ向き合いすぎるところがあるから、心配でね。世の中は白と黒だけで判断できない場合が多い」

「わかっているつもりです」

 簡単なことだ。

「わかっていても、おそらく考えると止まらなくなると思うよ。理解していても、できないことはあるんだ」

 彼は客観的に私の特性を掴んでいるようだったが、説明を受けても半信半疑だった。


 一日の終わり、健一さんにメール送った。

『健一さん、寒くなってきましたね。残念なことに、病棟は設備が古いので暖房があまり効かないです。東京も寒いでしょうね。先生と面談して、ちょっとした注意をされました』

 返信が来る 

『家族との関係を見直していることについてかな。長谷川先生は、君をよくみているから、忠告はしっかり聞いた方がいいと思う。なんにしても、幸ちゃんの世界がゆっくり広がっていくといいな。東京は紅葉した葉も落ち始めて、冬が近づいているのを感じます。冷え性なので靴下を履いて寝ています。あたたかくして、風邪などひかないようにね』

 彼のメールは真摯で優しい。

 ベッドに入った。体が冷えていたのだろう。布団の中がとっても温かく気持ちが良い。健一さんが夢に出てきた。メールの返信が頭にあったからだろう。ようは嬉しかったのだ。

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