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先生と私  作者: 綿花音和
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母との面会Ⅰ

 手紙を投函してから、一週間程経ったある日、母から『面会したい』と葉書きが届いた。いつも通りの見慣れた美しい字だ。文末には手紙の礼と、嫌だったら断っていいと書いてあった。私からは特に連絡せず、彼女を待っている。少し前なら断っていただろう。新しい経験が、変化を生んだのだ。変化をしても、なにを話せばいいのか、どんな顔をして会えばよいのかを迷う自分もいる。連絡しないのではなく出来なかった。

 

 先生には面談のとき、母と面会するかもしれないと伝えていた。彼は驚いたようすだったが、

「小野田さんも、だんだん変わっていくね。お母さんに伝わるよう言いたいことをまとめておくといいんじゃないかな」

 とアドバイスしてくれた。

 母を待つあいだも、日常は過ぎていく。

『おはようございます、健一さん。お変わりないですか? 私は、初めて母に手紙を書きました。世間知らずだったとデイケアに行き始めて、気づきました。しらないことがまだあるようです』 

 簡単な朝の挨拶。 

『幸ちゃん、おはよう! デイケア通い続けているんだね。少しは慣れてきたかな。なんにしても、お母さんに手紙を書けるようになったのが凄いと思う。君は家族の話をほとんどしなかったけれど、言葉に出来なかったんだろうね』

 彼が無理に立ち入らないでくれていたことを知り、この人を好きになってよかったとまた思う。 


******


 母が病棟にやって来た。身なりはしっかりしていたが、表情は疲れたようすだ。どこかで自分のせいではないかと責める気持ちでざわざわする。自宅から電車を乗り継いで、やっと辿り着くこの病院へ、わざわざ来てくれたんだ。不覚にも涙が出そうになる。

「幸、久しぶりね。顔色が良くなった。一緒にいた頃に比べて表情が明るくなったよ」

「こっちこそ、久しぶり。顔色そうかな? 予想していたよりも病院生活が快適なの。元気に過ごせているよ。母さんは疲れているみたいだね、ちゃんとご飯食べて眠れてるの?」

「ありがとう。あなたが家を出てから、お父さんと美幸の折り合いが悪くなって……。私があいだに入ることが多くなってねぇ、気疲れかしら」

 と冗談めかして笑う。そんなに酷いのかと心配になる。

「いつもいつもお父さんと私たち姉妹の間で、母さん振り回されているけど、辛くて逃げたくならないの?」

 一番聞きたかった質問をする。

「そう、辛そうに見えるのかしら。母さん、お父さんが嫌いではないのよ。母さんの両親、あなたの祖父母はとても厳しくて、求められる期待も大きく逃げたいこともあったくらいだったわ。でも、その教育のお陰で、私はきっと大学に合格することが出来たの」

 母がそんな厳しくされて育ってきた事実に驚いた。それと父を嫌いにならないことが、どう関係するか想像がつかない。

「母さん性格も優しいし、雰囲気も淑やかだから大学で恋人出来たりしなかったの?」

 突き止めたくて、母に当時の恋愛事情について質問した。

「それがね、母さんどこか心が凍ってしまっていたの。親に対しても他人にも」

「どういうこと?」

 母の聞いたことがなかった過去の話に戸惑い、どうして知ろうとしなかったのか後悔していた。


「感情の起伏が小さくなってしまっていた。そうしないと心の均衡が保てなかったの」

「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもとっても優しいから信じられない」

 実際、母方の祖父母はいつも孫の私たちに優しかったし、よく相手をしてくれた。 

「両親も思うことがあったのでしょうね。実際、家族の在り方なんて変わっていくものだし」

 そう言った母は珍しく飄々としていた。

「その時分、見合いでお父さんに出会ったのよ。彼は、私の凍った心にずかずか遠慮なく立ち入ってくれたの。初めて嫌なことや嬉しいことを人に素直に伝えられたのよ」

 確かに箱入り娘にとっては、父は衝撃的な人だったんだろうと思う。

「それでも、苦労は多かったでしょ」

 私は指摘する。

「好きだったら、相手の気持ちが自分にあるとわかっていれば、どんな理不尽にみえることでも耐えられたりするものよ」

 意外なことを聞いて戸惑った。

「母さんが一方的に耐え忍んでいると思っていた。お父さんのどこに好きになれる要素があるの?」

「お父さんは独りよがりなところが強いかもしれないね。でも、嘘をついたり狡い人ではないのよ。それは美徳かもしれないね」

 彼女は笑ったのだった。

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