家族の風景Ⅲ
手紙を書いている。母に宛てた手紙だ。
デイケアにも慣れてきた。白玉ぜんざい作りも作業の中に楽しみを、見つけられるようになった。外来の患者さんや、そのご家族と接するたび、自分がどれだけ世間知らずだったか、痛いほど実感し恥ずかしさを覚えた。ようやく、僅かなお金を稼ぐのにも時間がかかり、重い責任が発生することを知ったのだ。
私が立ち直る為に、両親は高額な入院費を負担している。その費用は、父がストレスと戦いながら必死に働き得た金ではないのか? 自分は、彼と対話するのはおろか、その気持ちを理解しようともしてこなかった。拒絶し逃げていただけではないかと、自身を責める気持ちが生まれていた。このままでいいのか。それで後悔しないのか? 頭の中を考えたことすらなかった問題が駆け巡る。
母に父の対応を任せっきりで、彼女の愚痴の一つでも私は聞いたことがあっただろうか。要求ばかりして、自己満足な努力を免罪符に自分は悪くないと思い込んでいただけなのかもしれない。
『その方が楽だから』悪魔が囁き、指摘する。己の狡さに気が遠くなる。だから、母に手紙を書いた。
母は父の何処に惹かれたのか? 今まで辛くて逃げたくなった経験はないのか? どうして一緒にいられるのか? 最後に家族は変わりないのかを尋ねた。
これじゃあ、手紙ではなく質問状だなと思いながらも、生まれて初めて、見ようとしてこなかった家族の風景を知りたがっている自分がいた。
「千里ちゃん、私、母に初めて手紙書いたんだ」
デイケアで、お椀を洗いながらふと漏らした。
「きっと喜ぶよ。それより幸ちゃん、お母さんに手紙書いたことなかったんだ」
彼女はびっくりしていた。
「それは、いかんよ。上手くいってないとしても家族とは、特に親とはコミュニケーション取らないと」
「そんなもんかな?」
疑問半分、相づちをうつ。
「もちろん出来る範囲でいいと思うけど。いなくなってから後悔しても遅いからな。間に合うようにしたいんや、少なくとも私は」
「間に合うように……」
千里ちゃんの言葉に、自分の薄情さと馬鹿さ加減にげんなりした。彼女はずっと大人だ。
何か葛藤を抱えているのは彼女も同じだと感じていた。だが、諦めず真っ直ぐ前を見据えている彼女が眩しかった。
「まだ、間に合うのかな?」
そうこぼした私に、
「思い立ったが吉日よ。幸ちゃんは優しい子だよ。それを家族に向けられないのは寂しいことだよ。家族のためではなくて、幸ちゃん自身のためなんだから。そこを間違えたらいかんよ」
千里ちゃんの言葉に、心を家族に向けてみようと、さらに思いなおした。




