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先生と私  作者: 綿花音和
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誰だって不器用

 起きると、健一さんに件名『おはよう』のメールを送る。彼が退院して、朝と夕方メールをやり取りするのがすっかり習慣になった。


『健一さん、おはようございます。昨日、デイケア活動の見学に行きました。緊張で吐きそうなくらいでした。病棟に帰ってから、水上さんに甘えてしまいました』 

『おはよう、幸ちゃん。デイケアへ通い始めたんだね。病棟から出るだけでも、怖いだろう。緊張するのは当然だし、他人に甘えるのは悪いことじゃないよ』

『人に頼ったり、甘えるのはまだ慣れません。不安が大きいけれど、頑張ってみます。それから友達が出来ました』

『友達かぁ、よかった。これから出会う人を大切に出来たらいいね』

 メールから健一さんの声が聞こえる気がした。彼とメールで繋がっていることに支えられている。


 ******

 デイケア活動二回目。緊張感は変わらずある。髪をまとめ、ブラウスの襟を直して気合を入れる。

自分に『行かなくちゃ』と言い聞かせ、病棟を出る。渡り廊下を歩くが肌寒い。季節は秋から冬に変わり始めていた。

 ミーティングをする和室は、騒がしく落ち着かない。静かに過ごせる人もいれば、座ってじっとしているのが苦痛という人もいた。和室を歩き回ろうとする人。情緒が比較的安定している利用者がなだめて座らせていた。ざわざわ騒がしいけれど、和気あいあいとしている。二回目の挨拶は慌てずはっきり出来た。遠くに座っている平田先生が、親指を立てグッドマークを出してくれた。

 

 監督の作業療法士さんから、今回から喫茶メニューの仕込みに参加してほしいと説明を受ける。戸惑った。希望のメニューを訊かれたが、何の仕込みが出来るのかさっぱりだった。千里ちゃんが『おいでおいで』をしているのに気付いた。そして『白玉ぜんざい』を希望したのだった。

 

「おはよう、幸ちゃん」

 千里ちゃんが声をかけてくれる。歳の近い女の子に苦手意識があったが、彼女には猜疑心さいぎしんをもたずにすんでいた。人懐っこい話し方と表情のせいかもしれない。

「よろしくお願いします」

 真剣に、お辞儀をする。

「大丈夫だよ。ゆっくり行こう」

 彼女は、ぜんざい作りの手順を説明してくれた。いざ作り出すと、小豆の缶の蓋を開けることも出来なかった。缶切りがうまく使えない。なかなか、開けられず泣きそうになる。千里ちゃんは、作業を止めた。呆れもせず、自分の手を私の手に添え、缶切りの使い方と力の入れ方を教えてくれた。

「千里ちゃん、空いたよ!」

 嬉しくて飛び上がりそうな勢いで言う私。

「頑張ったね」

 彼女まで嬉しそうだった。


 白玉を作る工程になると、千里ちゃんがぴりぴりしているのが伝わってきた。私は、団子粉をこねる千里ちゃんの様子を見ながら水を入れる役目だった。入れ方がまずいようで、白玉がかたちにならない。いたたまれなくて、千里ちゃんの顔色を窺う。黙々と団子粉をこねて白玉作りに彼女は挑んでいた。努力のかいあって、それは白玉に変身した。

 

 激しく落ち込んでいると千里ちゃんに叱られた。

「幸ちゃんは最初からなんでも出来ると自惚れてるんじゃない? 初めてのことは難しいのが当たり前だよ。私も白玉の水加減わからなかったんだ。先輩メンバーさんから教わって、デイケアの度に前より美味しい白玉が作れるようにって心がけてきたんだよ。ようやく、美味しいって言ってもらえるようになったんだ」

 ハッとする。彼女の言う通りだ。私が落ち込んだのは、もっとできる自分をイメージするからなんだ。驕りに気が付いて嫌悪感が体中にはしる。千里ちゃんは言葉を続けた。

「何でも上手に出来る人なんてほとんどいないんだよ。だから一緒に頑張ろう、幸ちゃん」

 彼女の言葉が胸に沁み、自分を変えたいと思った。

「うん、ありがとう。千里ちゃん、これからもよろしくお願いします」

「硬いなー。こちらこそよろしくね、幸ちゃん」

 笑って彼女は答えた。  

  



 

 


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