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先生と私  作者: 綿花音和
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デイケア初日を終えてⅡ

  疲れていたが病棟に戻ると、早速ナースステーションへ向かう。心配そうに見送ってくれた水上さんに報告をするためだ。

 ナースステーション内で彼女はカルテの整理をしていたが、私の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってくれた。

「小野田さん、デイケアどげんやった?」

「なんとか見学は無事に終わりました」

 水上さんは、私の肩に両手を置くと、

「まだ緊張しとるね。よう頑張ったね、小野田さん」

 肩に感じるぬくもりと労いの言葉に、一気に力が抜ける。ずいぶん力が入っていたようだ。


「私自分が考えていたより、ずっといい恰好しですね。悪い印象を持たれるのが怖くて、『失敗しないように』とおまじないのように繰り返し呟いていました」

「誰でもそげんところはあるよ。悩むのが当然やろう。だけど、忘れんで欲しいっちゃ。ちゃんと前に進んでいる自分を認めること」

 彼女が言ってくれる言葉は、率直だ。思惑を考えずに受け入れられる。普段は他人の言動にまっすぐ向き合えない。どこか屈折しているのかもしれない。『自分を認める』か、難しい。前に進めている実感がなかった。デイケアの見学は終わったが、利用者と自分の差を感じてしまった。誰かと比べる癖があるのは否定できない。悪いことなのに止められない。


「私、恥ずかしいです。長く競争していたのが原因なのか、人に順番をつけることが止められません。くらべる行為を心地よくすら感じていました。デイケアへ初めて行ってみて、そんな自分に違和感を覚えました」

「答えがなかなか出ないこつかもしれないね。でもその時々で、あなたの考えは大切にしてほしい」 

「人に順番を付けているって知られたら、軽蔑されるんじゃないかって思っていました」

 彼女は、肩から背中に腕を回し、私をそっと抱きしめてくれた。母にも、物心ついてから抱き締められたことがなかった。嬉しくて、こそばゆく、淋しかった。

「私たちは、患者さんが回復するように助けるのが仕事。患者さんの考え方や価値観は尊重されなきゃいけない。考え方が定まらなくて、辛いときは言ってね。担当看護師として、小野田さんの味方でいるから」

 彼女にしがみついて泣いていた。


 水上さんに甘えてしまった。後悔はしたが、話す前より気持ちは軽くなった。気付かないところで心が乾いていたのかもしれない。泣き止めず、気まずくなりトイレに駆け込み鼻を噛む。だんだん冷静になってきた。学校にも家にも居場所を作れなくて死にたかった頃も、一人になりたくて、よくトイレに籠った。以前と違う思いでトイレにいる。不完全な自分をどう受け入れればいいのだろうか。涙もとまり部屋に戻る。


 デイケアに行き衝撃を受けたが、気付きの方が多かった。考え方や生き方が変わる転機になっていくのだろう。少なくとも枕を濡らす夜は減るのではないか。そう感じていた。

 まだ歩きだしたばかりで不安も大きい。だが手元にないものばかりを探し嘆いていた私にも、手元にあるものがこれから増えていくのかもしれない。布団の中、考えを巡らせていた。



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