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先生と私  作者: 綿花音和
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気付き

 父は我が強く、他人の話題さえ自分に引き寄せてしまう。『俺が俺が』と他人との会話を楽しむ前に、自分を理解して欲しい気持ちを優先するのだと思う。

 私も人と対話するとき、自分のことばかり話す傾向があった。それが理由だったのだろう。いつのまにか独りになっていることが幼い頃、しばしばあった。

 ぼっちになっていても、他人とずれていることに気付かなかったから、一人は辛くなかった。

 

 あるとき私が他人の話を聞くだけで理解しようとしていないことを、根気強く指摘してくれた同級生がいた。それがきっかけになった。自分を振り返り、父と同じように話が一方的でクラスメートを退屈させてしまっていたこと。人の話を理解しようとしないのは、会話ではなく自己満足でしかないとようやく思い当たり、恥ずかしさにひっくり返りそうになった。凄まじい葛藤がやってきた。

 自分は生きていたといえるのか。人とコミュニケーションがとれない。それは絆を作っていないとも評せる。私は気付かない間に、たくさんの人に呆れられ、相手にすらされていなかった事実に愕然とした。

 

 どんなに嫌がっても彼に似ているというのは動かせなかった。血が繋がっているからか育ちからなのか、私は父の考え方をよく推測できた。彼は理解されないのは自身に原因があるとは考えない人だった。心の周りを要塞で囲んでいるようにみえた。自慢したがりで、自分の優秀さを盲目的に信仰しているように感じた。また根拠のない自信に甘え、昇進するための努力もしていなかった。職場で上手くいっていないのだろう。

 父は躾けと称し、憂さをはらすように私を怒鳴り殴ったりした。当然許せなかった。結果、父の顔を見ると、胃液が上がりえづくようになってしまった。

 通院は二週間に一回の間隔だった。きっかけは、進学した高校に馴染めなかったことだった。学校は中退してしまった。

 

 私は生きていていいのかわからなくなった。大量服薬をしたり、深夜徘徊もした。手首にはカミソリで切り付けた痕が増えていく。そんな行為にも飽きてきた。

 ある日、長い間私の話を静かに聴いていた長谷川先生が、

「入院しましょう。もう自分でどうこうできる状態じゃないよ」

 私を見据え諭した。入院という新たな環境にすら期待する愚かな自分だった。




 




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