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先生と私  作者: 綿花音和
38/87

指切り

「小野田さん、少し時間をもらえる?」

 病室に長谷川先生が来て、パーテーション代わりのカーテンを開け、視線を私に合わせた。

「先生、おはようございます。早いですね、何かありましたか?」

「今日は三ヶ田さんの退院日だそうだね。彼の見送りが終わって、あなたが落ち着いた頃に面談をしたいんだけれど」

「ええ、終わったら水上さんに報告します」

「無理はしなくていいから、またね」

 先生は私を気遣い、次の患者さんの元へ向かって行った。


 晴れた日。健一さんは、ひっそりと仲が良かった数人に挨拶をしてお礼を伝え、元気付けたりしながら退院までの時間を過ごしていた。夜和室で語り合ったこともあり、私は遠慮しお姉さん達とゆったり彼の様子を眺めていた。


「ウッピー悔いはないの?」

 心配そうにお姉さんたちが口々に質問してきた。

「全く悔いがないといえば嘘になりますし、不安もあります。でも健一さんから支えになる言葉をもらったから」 

「恋は乙女を大人にするな。お姉さんは羨ましいよ」

 私の答えに対して彼女たちは、本気で羨ましそうだった。無邪気さが可笑しくて救われた。


 健一さんのお母さまがいらして、いよいよ退院が近付いてきた。彼が私に手招きをした。急いで駆け寄った。

「母さん、紹介するよ、こちらが小野田幸さん。僕の大切な人だ」

 突然の紹介に面食らい、私は彼の目を見つめた。いつもの穏やかな表情だった。

「初めまして小野田と申します。いつも、三ヶ田さんにはお世話になっています」

 緊張のため震える声で名乗った私に、お母さまは穏やかに微笑んで挨拶して下さった。

「健一の母でございます。小野田さんのことは手紙で度々きかせてもらっていました。どんなお嬢さんなのか、会えるのを楽しみにしていましたの」

「そんなもったいないです」

「やっぱり可愛らしいお嬢さんね。頑固な健一が惹かれるのも何となくわかるわ。ぜひ東京に遊びにいらっしゃい。気兼ねなく家に連絡してきて構いませんから」

 厳しそうで上品なご婦人だったが、目じりの笑い皺に優しさを感じた。


「必ず再会しよう。約束だよ」

 健一さんは小指を差し出した。迷わずに自分の小指を絡めた。

「距離が離れても、いつもどこかで繋がってると思っています」

 泣きそうになるのを堪えながら、それだけをようやく伝える。

「僕も治療が辛いとき、人生の壁に当たるとき、幸ちゃんに恥じないよう立ち向かうよ」

 雨の中の偶然の出会いから別れの日まで、あっという間だった気がする。その短い時の中で、健一さんは大切な人になった。

 

 手続きが終わり、彼は病棟から外の世界へ戻って行った。彼が退院すると気が抜けてしまい、心に痛みが襲ってくる。水上さんに、見送りが完了したことを伝えた。

「長谷川先生には私から伝えとく。しばらく部屋で休まんね」

 促され自分のベッドで少しの間ゆっくりすることにした。








   


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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生や三ケ田さんと出会い、少しずつ変化していく幸さんの心が繊細に描かれていて、読んでいる私までが幸さんと一緒に心を揺らしているような感覚になりました。 38部まで拝読させていただきました…
2020/04/10 00:37 退会済み
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