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先生と私  作者: 綿花音和
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最後のお茶会

 健一さんと二人でお茶の時間を過ごすのもとうとう最後になる。彼は明日退院してしまう。 

 喜ぶべきだと理解はしている。でも今まで出会ってから過ごしてきた四ヶ月程の思い出が、蘇ってきて辛いのだ。自分の感情がこんなに乱れるのは久しぶりだ。

 いつも通り患者さんが寛ぐ広間のソファーに二人並んで座った。つけっぱなしのテレビのチャンネルを朝ドラの再放送に合わせる。真剣に見ているわけではなかったが、なんとなく主人公の恋の行方が気になったりしておかしい。私たちの恋は上手くいくのだろうか? そんな考えてもしょうがないことで頭の中がいっぱいになる。


「幸ちゃん、不安かい?」

 表情に現れていたのか、健一さんが見透かしたように言った。彼は静かに私を見つめていた。

「東京には行ったこともないし、貴方と離れてしまうのがまだ想像も出来ないんです。だから戸惑っています」

「幸ちゃんと一緒に過ごしてきて思ったんだ。僕は君を守るために、今まで間違いや失敗をしてきたんじゃないかって」

 健一さんはそんなことを言う。


「私にそんな価値はないです。葛藤の中にいて、いつも自分に振り回されてばかりです。健一さんにたくさん助けてもらっているのに、何もお返しが出来ていない」

「僕は幸ちゃんが好きだよ。正面から痛みを受け止めてしまう君が心配なんだ。大切に思っているだけで見返りがほしいわけじゃないんだよ」

 健一さんが見返りを欲するような人だとは思っていない。だからこそ、彼の助けになりたかった。


「貴方は優しくて素敵な人だから、東京に戻ったらすぐにいい人が見つかりますよ」

 傷付く前に予防線を張る勇気のない私。

「そうかな。幸ちゃんのように素直な娘さんに会うことはもうないんじゃないかな。離れても、忘れることなんて出来ないよ」

 彼はきっぱりと言って、鞄から連絡先を書いた便箋を取り出し、渡してくれた。

「ありがとうございます」

 私はやっと一言を発して、震えの止まらない手で受け取る。最後のお茶会だというのに、残念ながら胸がいっぱいでお茶も菓子もちっとも味がしなかった。

 

 彼の優しい言葉に私は驚き、少し嬉しくなった。一方で、近付いている別れをますます実感し、悲しさで心は占められていた。お茶会が終わり、私も健一さんに、迷いながら昨夜書いた連絡先を渡した。どうか末永くこの縁が続きますようにと祈る。彼は何にも代えがたい人だったから。

 健一さんは退院準備のため自室に戻っていた。私もゆっくりと一人で病室までの廊下を歩く。泣きたかった。



 


 

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