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先生と私  作者: 綿花音和
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友情以上の好意

 びっくりさせないようそっと近付くと、くろは子猫に乳を飲ませながらしんどそうに横たわっていた。子猫は全部で五匹いた。母親とお揃いの色の子、グレーの子、ぶちの子もいた。

 すでに誰かが段ボールに毛布を細かく切ったものを敷いて、ちょっとした住処が作ってあった。

 姿が見えないだけで、病院の猫はしっかり世話が行き届いていた。どこかに猫担当の人がいるのかもしれない。

「くろ、大変だったね。すくすく元気に育つといいね」

 私は話しかける。くろはじっと目をつむっていただけだが、自分以外の確かな命の存在に気持ちが落ち着いてきた。


 猫を好きな人もいれば、嫌う人もいる。衛生面から猫に良い感情を持っていない人がいることを知っていた。入院して半年ほど経ったが、一部の猫が忽然と姿を消してしまうことがあった。事情通の人が『猫狩り』だと噂していた。悲しく怖いなと思った。そうしなければいけない道理があることを、理解できる自分もいた。

 強迫神経症の患者さんには不潔恐怖の人もいた。当然猫から感染症をもらうことを、恐れる人が多くいた。また猫の糞尿の始末をしている人だっているのだ。健一さんも、猫は好きだけれど今は触れないようだった。

 考えれば、くろも子猫も生きていくだけで大変なんだ。私は心に焼き付けるように力強くおっぱいを飲む子猫たちをみつめていた。


 私はどうやら健一さんに友達以上の好意を抱いているらしい。恋しい人がいるだろうかと振り返ったとき、健一さんの眼差しが思い出される。二人で過ごした日々は短いし、私は男性に臆病なので、これからどうやって思いを育てていけばいいのか、わからない。恋なんて遠いことだと思っていたのに、未来は予測出来ない。

 子猫だって無事育つかどうかわからない。ただ、元気に生きてほしいと思うのは悪いことではないだろう。絶対なんてものはなく、悲しいこともこの世界に多くある。だからこそ、この苦しみから逃げてはいけないと感じていた。出来れば不憫な現実を嘆くだけでなく、自分から働きかけられるように変わりたいのだった。

 昔、辛いときは身近な生きものに助けられてきた。でも、私が生きるのは人の世界なのだ。どんなに優しい存在に慰めてもらったとしても、現実に帰る瞬間が訪れるのだ。

 それは大人に踏み出す一歩だったのかもしれない。




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