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先生と私  作者: 綿花音和
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胸の痛み

 健一さんは、初めて出来た親友だった。年上しかも男性でありながら、私に警戒心や嫌悪感を抱かせない得難い人だった。腹心の友であり、彼がいなければこれまでの入院生活も、彩りなくつまらないものになっていただろう。

 開放病棟であっても、退院の目途が立たない患者さんもいる。だから退院が決まっても表立って発表されない。お別れの会もないのが当たり前という。水上さんから聞いて知ってはいたが、彼がいなくなるのに淋しかった。

 今朝、私の目が充血していたので、看護師さんたちから心配された。名前を伏せ、もうすぐ大切な友達が退院するので悲しく、余り眠れなかったのだと打ち明けた。


 彼女らは、事情を推測したようだった。

「小野田さん、それは辛いなぁ。でも今は携帯電話もあるし、私らの時代にくらべて離れても友達と連絡はとりやすいはずよ」

 水上さんは、『今生の別れ』ではないと言い聞かせると、私が安心出来るようしっかり両手を握ってくれた。

 気分をすっきりさせたくて、洗面所へ向かう。汚れた鏡越しに自分の顔をみると、表情が変化しているような気がした。

 ベッドに戻り、健一さんのことを思う。以前は、ぽかぽかするだけだった胸の辺りに、きゅんと締め付けられるような痛みを伴う。私はどうしてしまったんだろうか。

******

 長谷川先生との診察時間。先生には健一さんがほぼ一ヶ月で退院することが、淋しく不安だと率直に伝えた。

「三ヶ田さんは、小野田さんの拠りどころだったんだろうね。病棟から大切な人が去ってしまうのは、辛いことだろう。ありきたりな言葉だけど、別れは人を成長させてくれるものだ。新しい関係の始まりにもなる。あなたと彼なら距離が離れても、よりよい関係を築いていけるんじゃないかな」

 私の迷いと動揺を受け止め、そう言ってくれた。

「だとしたら嬉しいのですが……。私のことなんてすぐに忘れてしまうんじゃないかと、怖いのです」

 とても心配で気がかりだった。

「小野田さんに必要なのは、相手を信じる勇気かな」

 先生は苦笑しながら言った。

「相手を信じてみるですか、しばらく考えてみます」

「焦らなくていいんだ。それからくれぐれも無理をしないように。不安が襲ってきたら、僕や水上さんに相談するんだ」

 そう忠告してくれた。

 

『くろ』に会いに散歩に出発した。なんと驚いたことに彼女は子猫を産んでいた。

「ミャーミャー」

 高い声で子猫が鳴いている。子猫を舐めてやりながら乳を飲ませている姿は頼もしかった。恋の季節か、そんなことを思う。








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