表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生と私  作者: 綿花音和
27/87

曇り空

 相変わらず、大学ノートに短い日記をつけていた。時折り襲ってくる忘れたい過去の記憶に、入院生活での人付き合いのことまで気になればさまざま記していた。長谷川先生にも診察のたびに読んでもらい、検証作業を慎重に二人で行っていた。

 出来るだけ主観的な方向に傾かないよう記憶を辿り、それを図案化し当時の人物の気持ちをなぞっていく。渦中にいる際自分がどう物事を捉えていたのか、時を経てどう感じるか。思い込みに支配されていないか、先生と意見を出し合う。


「私、うっとおしい奴ですね。自分の短所のせいで嫌われているのを認められず、全部クラスメートのせいにしていました」

「そう? 全部、小野田さんのせいなのかな。誰しも短所はあるよ、それを許容して人間関係を築くんだと思う。それを集団で否定するのは高校生としてどうなんだろう」

 先生の言葉にそういう見方もあるのかと驚く。

 

 人との関係はいつまでたっても難しい。自分の視点からしか物事は判断出来ず、主観から離れることも難しい。それでも先生との面談を通じ、確かに私自身に考えの癖があるということに気付かされた。

 私の鬱症状に対しては服薬治療も重要だが、思考と行動の癖を、自分で認めたくない所も含めて改善していく必要があった。なぜなら、また同じ境遇にはまった場合に苦しむことが容易に想像出来るからだ。治療は、頭で理解しても心が追い付かないときが多く、そう簡単に悩みから解放されるわけではなかった。


「私なんか消えてしまえばいいんだ」

 と独り言を漏らしてしまうことがあった。それはトイレの中だったり、ベッドの上だったりした。誰にも聞こえないように、だけど心の中に抑えておくことが出来ずに声に発していた。家族に対する罪悪感だったのかもしれない。


「小野田さん、今は物事の認識に鬱のフィルターがかかっているから無理しちゃだめだよ」

 先生に注意を受けたのは、二回目の家族面談が終わってすぐの診察だった。ただ不安定さはあるものの治療に努める中、私は少し強くなった。以前なら大量服薬したり、異物を飲んだり、自慢できないことを起こしていた。この頃は自分の身体を傷付けることを止めていた。

 

 大量服薬をすれば投薬を指示した先生にも「とが」があるのだ。こんなに真剣に診察をしてくださる彼には迷惑をかけたくなかった。そして、不思議と三ヶ田さんの顔がちらつくのであった。病室にいると、顔色が悪い私を心配し、気遣ってくれる三人娘さんが、色々な話をしてくれた。それは、失敗談だったり恋バナだったり心を柔らかくしてくれた。

 結局私は、不器用で、臆病で、利口ではなかったんだろう。許容してもらえなかった現実は、痛みを覚えさせた。ただ加害者でなく被害者でよかったんだと、病棟で過ごすなかで感じるようになっていった。

 その一方、家族と距離を置きながらも、割り切れない思いを抱える日々が続いていた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ