平行
母から、精神科専門の国立の療養所と聞いていた。病院は田園風景の中に堂々と建っていた。桜の花がたくさん咲いていて、あまりののどかさに拍子抜けした。
診察を受け始めた頃は母が側にいてくれた。きっと危なっかしいと思っていたのだろう。感情が昂って、先生にヒステリックに気持ちをぶつけることも多かった。
「何も悪いことをしていないのに、どうして私が病院にいるんですか? 地元でも有数の進学校だから、父は入学させたかったんでしょう。言うとおりにしました。これから自由に勉強に励めると思っていたのに、想像していた環境とは違っていました。テストの順位がよかっただけでクラスメートから妬まれたり、友だちも居場所もありません。がっかりしました」
先生から自己紹介をされ、普通なら自分も名乗り問診は進むのかもしれない。だが当時の私は、心に恨み言がいっぱいで余裕がない奴だった。
私が感情的に話すのを母が心配し、
「幸お茶を飲まなくて大丈夫?」
と気遣う。
「いい」
と断り話し続けていた。先生は静止もせず、ただ黙って聴きながら時折メモをとっていた。主治医は長谷川博と名乗った。
彼からは、静かさをまとう修行僧のような印象を受けた。嫌な感じはしなかったが、帰りの車中で私を理解してくれるわけない、どこにもそんな大人なんていないと悲嘆にくれていた。
父の運転で帰宅したが、彼は娘とは言葉も交わさずパチンコに出掛けていった。私は部屋でブラームスを聴きながら、読みかけの小説に目を通すのであった。